三島由紀夫

2016年11月18日 (金)

映像歳時記 鳥居をくぐり抜けて風(2016年)

本日、久方ぶりに映画館(ユジク阿佐ヶ谷)で映画を見た。

続きを読む "映像歳時記 鳥居をくぐり抜けて風(2016年)"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年7月16日 (火)

小説第一の美女は誰?

これはごく易しい質問です。文章における小説第一の美人とは、もしあなたが小説を書いて「彼女は古今東西の小説のなかに現れた女性のなかで第一の美人で あった」と書けば、それが第一の美人になるのです。言語のこのような抽象的性質によって、小説中の美人の本質が規定されます。これが劇や映画と小説との本質的ちがいであります。

続きを読む "小説第一の美女は誰?"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月19日 (金)

三島由紀夫『潮騒』(1954年)〔結語〕

 かつて網野善彦は、列島の歴史上、1960年を境に大きく社会の構造が変わってしまった、と発言した。それはすなわち高度成長という現象が、この列島のうえに生を営む社会を変えてしまったことを意味している。

 この『潮騒』はその徳川期から続くような、向こう側の歴史に連続する最後の局面を切り取った小説と言えなくもない。それだからこそ、今から見れば余計に民俗学的な叙述が目を引く結果ともなるのだろうと思う。

 「戦後」まもなく、朝鮮戦争をきっかけとするマッカーサーによる日本の再軍備が、「逆コース」として激しく非難された。つまり、戦前への道である。

続きを読む "三島由紀夫『潮騒』(1954年)〔結語〕"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月18日 (木)

三島由紀夫『潮騒』(1954年)〔承前〕

 今回読み直してみて面白かったことは二つある。

 一つは、新治とのことが変な形で父親に露見してしまい会えなくなった初江が、手紙を新治の漁船の親方に預けたとき、海の上で新治が読み終えた後、その親方が初江の手紙を音読する場面。

 これは、かつてある世代以上の人々は、実は文字を黙読する習慣なぞ持っておらず、音読する習慣をもっていたことを如実に表している。

続きを読む "三島由紀夫『潮騒』(1954年)〔承前〕"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月15日 (月)

三島由紀夫『潮騒』(1954年)

 三島の『潮騒』を初めて読んだのは、小学校の高学年か(小学六年生?)。

 今は亡き父が出版社に予約をしてくれた、小学館カラー版少年少女世界の文学、という全集ものの中に、日本編というのがあり、その日本5だとかいう巻に収録されていたと思う。このシリーズはカラー版と銘打つだけに、水彩画タッチの上品な絵が挿入されていた。

 当然この『潮騒』にも挿絵があった。それも嵐の日、観的哨(かんてきしょう)で焚き火をはさんで対峙している、薄衣しか纏っていない初江と新治、という場面。これには胸の鼓動がパトカーのサイレンのように高鳴った。当然、ひっそりと自分の部屋に籠もって何度も読み直し(見直し?)。

続きを読む "三島由紀夫『潮騒』(1954年)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月12日 (金)

《文章密度反比例の法則》

「文章の不思議は、大急ぎで書かれた文章がかならずしもスピードを感じさせず、非常にスピーディな文章と見えるものが、実は苦心惨憺の末に長い時間かけて作られたものであることであります。問題は密度とスピードの関係であります。文章を早く書けば密度は粗くなり、読む側から言えばその文章のスピードは落ちて見えます。ゆっくり書けば当然文章は圧縮され、読む側から言えば文章のスピードが強く感じられます。」
 三島由紀夫『文章読本』中公文庫(2005年改版8刷) 、p.187、第八章文章の実際-結語、より

続きを読む "《文章密度反比例の法則》"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月26日 (木)

初しぐれ猿も小蓑をほしげ也(芭蕉)

初しぐれ猿も小蓑をほしげ也
(松尾芭蕉 猿蓑集 巻之一)

 明治以前と明治以降を比べて違いが際立つのは、その社会におけるユーモアへの親和性ないし許容度だろう。

 それは、この日本の文芸史上、最高のユーモリストの1人、芭蕉の句を見ればわかろうというものだ。

続きを読む "初しぐれ猿も小蓑をほしげ也(芭蕉)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月28日 (水)

勝ちにまさかの勝ちあり、負けにまさかの負けなし(3)

 これ(=風刺のこと。renqing註)に反して、ユーモアは人間生活の内部における潤滑油のようなものであります。それも緊張に際して行動の自由を奪われる人間の窮屈な神経を解きほぐし、生活上の行動に対して自由な楽な気分にしてはげますものであります。ですから、イギリス人は戦場において厳しい戦闘のさなかにもユーモアの精神を発揮します。ユーモアと冷静さと、男性的勇気とは、いつも車の両輪のように相伴うもので、ユーモアとは理知のもっともなごやかな形式なのであります。ドイツ人はいかにも男性的尚武の国民として知られていますが、ユーモアの感覚の欠如している点で、男性的特質の大事なものを一つ欠いているということができましょう。
三島由紀夫 『文章読本』 中公文庫(1995) 、p.219

続きを読む "勝ちにまさかの勝ちあり、負けにまさかの負けなし(3)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年1月26日 (木)

金色夜叉、青の時代、ホリエモン

 私は三題話が好きである。

 さて、ホリエモンは、間貫一*か、川崎誠**か。膨大な資産を既に海外へ送金済みという噂も聞くので、両者より、徹底して喰えない野郎だね。その悪党ぶりは賞賛に値する。

続きを読む "金色夜叉、青の時代、ホリエモン"

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年12月22日 (木)

仮面の独白

 あるblogが三島由紀夫がらみのことを書いていたので、コメントしようと思ったのだがつい長くなりそうなので、記事にしてTBをつけることにした。

 改めて彼の年譜などを見た。う~ん、一言でいえば、the best and brightest。しかし、彼の文章ではなく行動をみると、虚勢を張っているイメージが拭えない。彼の出世作は『仮面の告白』だが、彼の40年の歩みは“仮面の独白(モノローグ)”ではなかったか。すべてが、彼の才能すべてが、徹頭徹尾、己を隠蔽するために費やされたように感じる。

 ここからぐだぐだ、生まれの因縁から説き起こそうかと思ったのだが、私の言いたいことが下記のサイトでほぼ言い尽くされているのをつい今しがた、知ってしまったので、そちらを参照願おう。

三島由紀夫

続きを読む "仮面の独白"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

Adam Smith | Aristotle | Bertrand Russell | Carl Schmitt | Collingwood | David Hume | Football | Immanuel Kant | Isaiah Berlin | John Stuart Mill | Jules-Henri Poincare | Katherine Mansfield | Max Weber | pops | Shinji Kagawa | sports | Stephen Toulmin | Strange Fruit | Thomas Hobbes | 「国家の品格」関連 | お知らせ | ももいろクローバーZ | アニメ・コミック | イスラム | タミフル(インフルエンザ) | ネオコン(Neocon) | ハンセン病 | パソコン・インターネット | フェミニズム・ジェンダー | 三島由紀夫 | 中世 | 中国 | 中野三敏 | 仏教 | 佐藤誠三郎 | 備忘録 | 古代 | 和辻哲郎 | 国制史 | 坂本多加雄 | 坂野潤治 | 夏目漱石 | 大正 | 大震災 | 天皇 | 学習理論 | 安丸良夫 | 宮沢賢治 | 尾藤正英 | 山田大記 | 山県有朋 | 川北稔 | 幕末・明治維新 | 徳川史 | 思想史 | 憲法 | 戦争 | 政治 | 政治哲学・政治理論 | 文化史 | 文学 | 斉藤和義 | 日本 | 日米安保 | 日記・コラム・つぶやき | 明治 | 映画・テレビ | 昭和 | 書評・紹介 | 朝鮮 | 本居宣長 | 村上淳一 | 東アジア | 梅棹忠夫 | 森 恵 | 歴史 | 歴史と人口 | 法哲学・法理論 | 渡辺浩 | 環境問題 | 知識理論 | 石井紫郎 | 石川淳 | 社会契約論 | 社会科学方法論 | 科学哲学/科学史 | 米国 | 経済 | 統帥権 | 美空ひばり | 羽入辰郎 | 自然科学 | 複雑系 | 西洋 | 言葉 | 読書論 | 資本主義 | 赤松小三郎 | 近現代 | 速水融 | 進化論 | 金融 | 金言 | 関曠野 | 靖国神社 | 麻生太郎