イスラム

2007年9月24日 (月)

イラク・シリア国境、2007年9月6日、木曜日、午前0時6分

Baghdad Burning

「・・・。

シリア国境もほとんど同じくらい混雑していたが、ずっとリラックスした雰囲気だった。人々は車の外に出てストレッチしていた。お互いに気づいて手を振ったり、悲惨な話や噂話を車の窓越しにやりとりしている人もいた。なにより重要なのは、私たちはみんな平等だということだった。スンニもシーアも、アラブ人もクルド人も・・・シリア国境要員の前では私たちはみな平等だった。

私たちはだれもが難民だった―金持ちも貧乏人も。難民はみな同じように見えた。どの顔にも独特の表情があった。悲しみの混ざった、不安を帯びた安堵の表情。どの顔もほとんど同じように見えた。

国境を越えてから数分の間、心は極限に達した。安堵と悲しみがいちどきにどっと押し寄せて私を圧倒した・・・たった数キロ、たぶん20分くらい離れただけで、こんなにもはっきりと生と死が分かれるとは。

だれひとり見ることも触れることもできない国境が、車両爆弾や民兵や殺し屋集団と・・・平和と安全の間に横たわっているなんて。今も信じるのがむずかしい。ここでこの文を書きながら、どうして爆発音が聞こえてこないのかしらとふと思ってしまう。

飛行機が頭上を通過する時に窓がガタガタいわないのが不思議だ。黒装束の武装集団が今にもドアを破って入ってきて私たちの命を奪うのではという思いからなんとか抜け出そうとしているところだ。道路封鎖や早期警戒機[レーダーを取り付けた軍用機]やムクタダの肖像画などなどがない街路に目を慣らそうとしている。

車でほんのちょっと行った先には 、こういったものすべてがあるというのに。

午前0時6分 リバー

(翻訳:いとうみよし) 」

*参照
バグダード、2007年4月26日、午後5時03分、木曜日

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2007年9月 7日 (金)

古典古代の西洋と東洋(2)

前回記事で足踏堂氏からコメントを戴いた。そのおかげで1点氷解した疑問があるので、忘れないうちに記しておくことにする。氏のコメントへの応答についてはまたおいおいということでご諒解戴きたい

 さて、今、私は 1冊の優れた思想史の本を読んでいる最中。そして、つくづく思うのだ。過去、この列島に繰り広げられてきた優れた精神活動のどれ一つとっても、海峡の向こう側、大陸文明の影響下にないものはない、と。それへの受容も反発も含め、中国大陸および朝鮮半島の精神活動は、巨大なる「他者」なのだ、と。

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2007年8月18日 (土)

映画「アズールとアスマール Azur et Asmar」(2006年)

 素晴しいアニメーション。とにかく美しい。緻密な絵柄も美しいし、動きも滑らかかつ繊細。音楽もイスラム風とヨーロッパ風が混交して心地よい。

 この日本語吹き替え版がまたよい。特に、クラプー(香川照之)の、イスラム世界を毒づきながら、それでもなおこの地を愛してるダメ西欧人が秀逸。また、その天才ぶりを包み込む天真爛漫なシャムスサバ姫(岩崎響)が愛らしい。

Synopsis_05_2

 絵のタッチが、私の遠い記憶の中にある、東映動画「安寿と厨子王丸」(1961年)を思い起こさせる。いま、「安寿と厨子王丸」の製作会社の解説を読むと、全編動く大和絵だという。だとすると、このイスラムのミニチュアール(細密画)を意識しているであろうフランス映画と、その絵画性において同調していることも頷ける。

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2007年5月27日 (日)

バグダード、2007年4月26日、午後5時03分、木曜日

Baghdad Burning

「もちろん、その壁は誰をも保護などしない。 私は時々、ヨーロッパで強制収容所が始まる時もこんなだったのではないかと思う。ナチ政府はおそらくこう言っただろう「いいかい、私たちはこの小さな壁でユダヤ人たちを保護しようとしているだけなんだよ。これで、誰もこの特別地域に入って彼らに危害を加えることはできなくなるだろう!」と。 しかし、それはまた、そこから出られなくなるということでもある。」

「壁が崩壊する前のベルリンや現在のパレスチナのように、今こそアメリカにとっては、物理的に分割して征服する時になった。このようにして、彼らは、「シーア派地区」からスンニ派を、「スンニ派地区」からシーア派を追い出し続けることができるというわけだ。 」

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2006年11月28日 (火)

内戦の開始、イラク

 イラクは、内戦という分水嶺の向こう側へ勢いよく転がりだしてしまった。↓

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シーア派民兵、報復開始 イラク、内戦転落の恐れ
 【カイロ25日共同】イラクの首都バグダッドで24日、イスラム教シーア派の反米指導者サドル師が率いる民兵組織「マハディ軍」とみられる勢力が、スンニ派住民6人に灯油をかけて焼き殺したほか、スンニ派のモスク(礼拝所)などを焼き打ちし、少なくとも計約30人以上が死亡した。AP通信などが報じた。23日にシーア派住民ら200人以上が死亡した、過去最悪の規模の連続テロに対する報復が広がり始めたもようだ。

 宗派対立による治安の混迷がさらに深まり、事実上の内戦に転落する恐れが強まった。カジ国連事務総長特別代表は「統制の利かない暴力の応酬によって、イラクの社会構造や将来の平和への期待が脅かされている」と警告した。

 警察によると、バグダッドでは24日、金曜礼拝を終えモスクを後にしたスンニ派住民が、マハディ軍兵士らに襲撃され、6人が死亡。スンニ派地区では、ロケット弾や自動小銃で武装したマハディ軍兵士らが、モスク4カ所や民家を攻撃し火を放った。シーア派地区のサドルシティーでは、付近のスンニ派地区にロケット弾を発射した場所を、駐留米軍のヘリが空爆した。

 サドル師派の連邦議員らは、今月末に予定されるブッシュ米大統領との会談をマリキ首相が中止しなければ、議会活動を停止すると表明。マリキ政権に大きな打撃となるのは必至だ。
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 内戦と動き出した歯車は、既に米国の思惑を超えだしてしまっている。↓

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イラク 分裂すでに独り歩き 各派、米軍と「別の論理」
 【カイロ=村上大介】米国のラムズフェルド国防長官の辞任によって、ブッシュ政権の対イラク政策がいかに変化しようと、泥沼化したイラクの治安情勢の改善に大きな影響を与える可能性は少ない。宗派抗争を軸としたイラク分裂に向けた動きはすでに米軍の存在とは別次元の論理で表面化しており、米国が打てる手は限られている。

 イラクのイスラム教スンニ派政治勢力からは、「米国が正気に戻りつつあることを示すものだ」(イラク国民対話のムトラク党首)などと、ラムズフェルド氏辞任を歓迎する声が上がった。同党首は戦後の政治プロセスに参加し、スンニ派反米武装勢力とは一線を画しているが、ブッシュ政権の政策に対する反感は、フセイン政権崩壊で片隅に追いやられたスンニ派に広く共通する。

 一方、戦争を契機に主役に躍り出た多数派のシーア派の反応は微妙だ。シーア派主導のイラク政府報道官は「内政問題だ。われわれは政府に対応しているのであり、個人ではない。(米国の)戦術に変化はあっても戦略は変わらないだろう」と述べるに留まった。

 マリキ首相は、米軍からイラク治安部隊への早期の権限移譲を訴えているが、同政権の治安維持能力は依然として脆弱(ぜいじゃく)であり、米軍の駐留なしには政権の存続自体が危うくなる。要求の背景に、米軍の後ろ盾で治安組織をシーア派に有利な形で固めてしまいたいという思惑があるのは明らかだ。

 こうした中、議会の穏健スンニ派政治勢力は8日、宗派抗争による無差別殺人の中心にいるとされるシーア派民兵の解体にマリキ政権が真剣に取り組んでいないとして、「このままでは政治プロセスを捨て、武器を取らざるを得ない」と脅しに近い声明を発表、戦後の政治プロセスも曲がり角にさしかかっている。

 宗派抗争に手を染めていない北部のクルド人勢力は、91年の湾岸戦争後、すでに独自の政府を持つ自治区を確立しており、イラク中・南部が内戦状態になれば、ためらいなく独立に向けた動きを速めるだろう。

 10月の宗派抗争の犠牲者は首都バグダッドを中心に1300人近くにのぼった。スンニ派武装勢力や国際テロ組織アルカーイダ系のイスラム過激派も活動を弱めておらず、10月の米兵の死者は戦後3度目の100人を超えた。

 米軍がシーア派を押さえにかかれば、同派内でもっとも強力な民兵を擁する反米強硬派のサドル師派との正面対立に向かいかねない。米軍は、シーア、スンニ両派の争いに下手に介入しようとすると、双方から銃口を向けられる立場にある。

 しかし、米軍が早期にイラクから撤退すれば、イラクに潜在してきた宗派・民族間の確執に対する重しは完全に消える。一方、状況が好転する見通しがないまま駐留を続ければ、すでに2800人を超えた米兵の死者は増え続けることになる。

                   ◇

 ≪共和党・次期大統領有力候補 マケイン上院議員≫

 ■「イラクで勝利なお可能」

 「反乱を打ち砕き、宗派対立に政治的解決をもたらすのに不可欠な一定の治安を確保するのに十分な米兵力がイラクにあるのかどうか、ゲーツ次期国防長官と話したい。従軍中の州兵、予備役の重い負担を軽減する目的も込めて、陸軍と海兵隊を増強することが緊急に必要かも協議したい。イラクでの勝利はなお達成し得る。米国が混乱から逃げ出すことは想像しがたい。米国民がイラク戦争で厭戦気分になろうとも、勝つためになすべきことをやることが兵士の早期帰還につながる」(議員のホームページに掲載された8日の声明)

 ≪民主党外交委員長有力候補 バイデン上院議員≫

 ■「各派自治で包括的解決」

「われわれは新しい目でイラクをとらえ、進路変更にも真剣だというメッセージを米、イラク両国民と世界に送る必要があり、(長官辞任は)2つとも果たした。スンニ派、シーア派、クルド人に自治を営める余裕を与えることでイラクという国を維持し、石油収入を分け合い、周辺国を関与させるという包括的な政治解決がわれわれに残された唯一のチャンスだ。国益を損なわず、混乱をめぐり独裁者と取引もせず、責任を果たしてイラクを去ることができる唯一の方法だと信じる」(議員のホームページに掲載された8日の声明)                   ◇

 ■米国の対イラク政策の経過

2001・9・11 米中枢同時テロ発生

  03・3・20 米英がイラク攻撃開始

     4・9  バグダッド制圧、フセイン政権崩壊

     5・1  ブッシュ大統領、大規模戦闘終結を宣言

     7・13 イラク人による暫定統治機関「統治評議会」発足

    12・13 米軍がフセイン元大統領を拘束

  04・6・28 イラク暫定政府に主権を移譲、連合軍暫定当局は解散

    11・2  米大統領選でブッシュ氏再選

  05・1・20 ブッシュ大統領2期目スタート

     1・30 イラク国民議会選挙

     4・28 移行政府発足

    10・15 憲法草案についての国民投票

    12・15 憲法に基づく国民議会選挙、シーア派会派が第一党

  06・6・8  米軍、ザルカウィ容疑者死亡と発表

    10・30 治安悪化、10月の米兵死者100人に達す

    11・5  フセイン元大統領に死刑判決

       7  米中間選挙、民主党躍進

       8  ラムズフェルド国防長官辞任発表
(産経新聞) - 11月10日8時0分更新
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 そして、米国にとり、イラクへの軍事行動期間は、日米戦を超えた。↓

<米国>イラク駐留、太平洋戦争の期間超える 長期化に非難

*「イラク、事実上の内戦へ」で既にお知らせしたが、米国防総省が上院へ提出したイラク報告書のPDFのネット上の在り処を再掲しておこう。

Measuring Stability andSecurity in Iraq, August 2006
Report to Congress In accordance with the Department of Defense Appropriations Act 2006 (Section 9010)
このReportでは、p.33 (pdfでは、33/66)の、‘Concerns of Civil War’(内戦への懸念)を参照されたし。

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2006年10月 9日 (月)

教皇ベネディクト十六世のレーゲンスブルク大学での講演 信仰、理性、大学――回顧と考察 (2006.09.12) (2)

 はじめにお詫びを。前回の(1)のドイツ語リンクが間違っていました。リンクを辿られて変だな、と思われた方、ごめんなさい。10/1付けで、訂正してあります。

 さて、教皇の講演を読んですぐに気が付くことがある。それは「理性 Vernunft, reason」という言葉の多さである。試みに、ドイツ語版、英語版、日本語版をそれぞれ、ワードに落として、検索機能で出現回数をカウントしてみた結果が以下である。

「理性 Vernunft, reason」
ドイツ語版 45 回
英語版   44 回
日本語版  52 回

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2006年9月26日 (火)

教皇ベネディクト十六世のレーゲンスブルク大学での講演(1)

 気になっていたが、私がたまに伺うブログでも取り上げられつつあるので、検討のための第一次資料の所在をご紹介しておこう。私自身の所感は次回以降に。

教皇ベネディクト十六世のレーゲンスブルク大学での講演
信仰、理性、大学――回顧と考察 (2006.09.12)

1)日本語訳(by カトリック中央協議会)

2)ドイツ語原文*

3)英語

参照ブログ

1)教皇のことば・4(by Fixing a Hole さん)
関連記事を丹念に拾ってあり、非常にありがたい。初回記事~3も参照。

2)信仰と理性(by かわうそ亭 さん)
率直に、ご自分の所感を述べられている。

3)クリップ、ベネディクト16世の“神学”トーク、仏語版(by ね式(世界の読み方)ブログさん)
こちらを忘れていました。失礼。

*リンクを間違えていました。10/1訂正しました。参照して戴いた方々、ごめんなさい。

参照
教皇ベネディクト十六世のレーゲンスブルク大学での講演 信仰、理性、大学――回顧と考察 (2006.09.12) (2)

 


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2005年11月29日 (火)

井筒俊彦と大川周明

 かなり前、(今は亡き?)中央公論誌に井筒俊彦と誰だかの対談のが載っていた。そこに、太平洋戦争下、井筒と大川周明の交流について語っている部分があった。それは、大川周明が満鉄東亜経済調査局の中の資料室に、浩瀚かつ高価なイスラム叢書を2種類購入しており、それを読みこなせる人物がいなかったため、戦時下、暇だったらしい井筒に声をかけ、それを含むイスラム文献を自由に使わせていた、という内容だった。

 既に、その雑誌は行方不明となり手元にないのだが、ネットで検索すると下記のような、ほぼ同様の事に触れているHPがあったので、ご紹介しておこう。

大川周明とイスラーム

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2005年11月11日 (金)

人間性、この曲がった木 *(アンティゴネ2)

miyau さん

> 暴力に頼りがちな人間の哀しさは克服していきたいとも思います。

 人間は弱いものです。そして、この弱さは時として、むき出しの力、すなわち暴力として現れます。なぜなら、人間は自らの理解を超えるものに直面したり、気持ちを伝えたい相手とのコミュニケートを断念すると、その代替物として、暴力というメッセージに訴えるからです。

 ブッシュの米国がイスラムに暴力をふるい続けるのは、彼らがイスラムを理解できず、また理解しようともしてないからです。フランスでの暴動なども、言葉の代わりに、追い詰められた者の怒りを表明しているのでしょう。自爆テロも。

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