イスラム

2009年10月22日 (木)

識字化・革命・出産率低下(1)

「識字化=革命=出産率低下というシークエンスは、全世界的に普遍的とは言えないまでも、かなり標準的である。」p.61、下記1より

「識字化と出産率の低下という二つの全世界的現象が、民主主義の全世界への浸透を可能にする。」p.62、下記1より

「しばしばおそらくは大抵の場合、文化的・精神的テイクオフは移行期の危機を伴う。不安定化した住民は暴力的な社会的・政治的行動様式を示すことになる。精神的近代性への上昇には、しばしばイデオロギーの暴力の爆発が伴うであろう。」p.59、下記1より

エマニュエル・トッドの、

1.『帝国以後』藤原書店(2003)

2.『文明の接近』藤原書店(2008)

は、知的刺激に富んだ本である。21世紀におけるアメリカ合衆国の敗北を指し示す本なのであるが、当方の理論的関心は、その「移行期危機」理論に集中する。早速、解剖してみよう。

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2007年9月24日 (月)

イラク・シリア国境、2007年9月6日、木曜日、午前0時6分

Baghdad Burning

「・・・。

シリア国境もほとんど同じくらい混雑していたが、ずっとリラックスした雰囲気だった。人々は車の外に出てストレッチしていた。お互いに気づいて手を振ったり、悲惨な話や噂話を車の窓越しにやりとりしている人もいた。なにより重要なのは、私たちはみんな平等だということだった。スンニもシーアも、アラブ人もクルド人も・・・シリア国境要員の前では私たちはみな平等だった。

私たちはだれもが難民だった―金持ちも貧乏人も。難民はみな同じように見えた。どの顔にも独特の表情があった。悲しみの混ざった、不安を帯びた安堵の表情。どの顔もほとんど同じように見えた。

国境を越えてから数分の間、心は極限に達した。安堵と悲しみがいちどきにどっと押し寄せて私を圧倒した・・・たった数キロ、たぶん20分くらい離れただけで、こんなにもはっきりと生と死が分かれるとは。

だれひとり見ることも触れることもできない国境が、車両爆弾や民兵や殺し屋集団と・・・平和と安全の間に横たわっているなんて。今も信じるのがむずかしい。ここでこの文を書きながら、どうして爆発音が聞こえてこないのかしらとふと思ってしまう。

飛行機が頭上を通過する時に窓がガタガタいわないのが不思議だ。黒装束の武装集団が今にもドアを破って入ってきて私たちの命を奪うのではという思いからなんとか抜け出そうとしているところだ。道路封鎖や早期警戒機[レーダーを取り付けた軍用機]やムクタダの肖像画などなどがない街路に目を慣らそうとしている。

車でほんのちょっと行った先には 、こういったものすべてがあるというのに。

午前0時6分 リバー

(翻訳:いとうみよし) 」

*参照
バグダード、2007年4月26日、午後5時03分、木曜日

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2007年9月 7日 (金)

古典古代の西洋と東洋(2)

前回記事で足踏堂氏からコメントを戴いた。そのおかげで1点氷解した疑問があるので、忘れないうちに記しておくことにする。氏のコメントへの応答についてはまたおいおいということでご諒解戴きたい

 さて、今、私は 1冊の優れた思想史の本を読んでいる最中。そして、つくづく思うのだ。過去、この列島に繰り広げられてきた優れた精神活動のどれ一つとっても、海峡の向こう側、大陸文明の影響下にないものはない、と。それへの受容も反発も含め、中国大陸および朝鮮半島の精神活動は、巨大なる「他者」なのだ、と。

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2007年8月18日 (土)

映画「アズールとアスマール Azur et Asmar」(2006年)

 素晴しいアニメーション。とにかく美しい。緻密な絵柄も美しいし、動きも滑らかかつ繊細。音楽もイスラム風とヨーロッパ風が混交して心地よい。

 この日本語吹き替え版がまたよい。特に、クラプー(香川照之)の、イスラム世界を毒づきながら、それでもなおこの地を愛してるダメ西欧人が秀逸。また、その天才ぶりを包み込む天真爛漫なシャムスサバ姫(岩崎響)が愛らしい。

Synopsis_05_2

 絵のタッチが、私の遠い記憶の中にある、東映動画「安寿と厨子王丸」(1961年)を思い起こさせる。いま、「安寿と厨子王丸」の製作会社の解説を読むと、全編動く大和絵だという。だとすると、このイスラムのミニチュアール(細密画)を意識しているであろうフランス映画と、その絵画性において同調していることも頷ける。

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2007年5月27日 (日)

バグダード、2007年4月26日、午後5時03分、木曜日

Baghdad Burning

「もちろん、その壁は誰をも保護などしない。 私は時々、ヨーロッパで強制収容所が始まる時もこんなだったのではないかと思う。ナチ政府はおそらくこう言っただろう「いいかい、私たちはこの小さな壁でユダヤ人たちを保護しようとしているだけなんだよ。これで、誰もこの特別地域に入って彼らに危害を加えることはできなくなるだろう!」と。 しかし、それはまた、そこから出られなくなるということでもある。」

「壁が崩壊する前のベルリンや現在のパレスチナのように、今こそアメリカにとっては、物理的に分割して征服する時になった。このようにして、彼らは、「シーア派地区」からスンニ派を、「スンニ派地区」からシーア派を追い出し続けることができるというわけだ。 」

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2006年11月28日 (火)

内戦の開始、イラク

 イラクは、内戦という分水嶺の向こう側へ勢いよく転がりだしてしまった。↓

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シーア派民兵、報復開始 イラク、内戦転落の恐れ
 【カイロ25日共同】イラクの首都バグダッドで24日、イスラム教シーア派の反米指導者サドル師が率いる民兵組織「マハディ軍」とみられる勢力が、スンニ派住民6人に灯油をかけて焼き殺したほか、スンニ派のモスク(礼拝所)などを焼き打ちし、少なくとも計約30人以上が死亡した。AP通信などが報じた。23日にシーア派住民ら200人以上が死亡した、過去最悪の規模の連続テロに対する報復が広がり始めたもようだ。

 宗派対立による治安の混迷がさらに深まり、事実上の内戦に転落する恐れが強まった。カジ国連事務総長特別代表は「統制の利かない暴力の応酬によって、イラクの社会構造や将来の平和への期待が脅かされている」と警告した。

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2006年10月 9日 (月)

教皇ベネディクト十六世のレーゲンスブルク大学での講演 信仰、理性、大学――回顧と考察 (2006.09.12) (2)

 はじめにお詫びを。前回の(1)のドイツ語リンクが間違っていました。リンクを辿られて変だな、と思われた方、ごめんなさい。10/1付けで、訂正してあります。

 さて、教皇の講演を読んですぐに気が付くことがある。それは「理性 Vernunft, reason」という言葉の多さである。試みに、ドイツ語版、英語版、日本語版をそれぞれ、ワードに落として、検索機能で出現回数をカウントしてみた結果が以下である。

「理性 Vernunft, reason」
ドイツ語版 45 回
英語版   44 回
日本語版  52 回

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2006年9月26日 (火)

教皇ベネディクト十六世のレーゲンスブルク大学での講演(1)

 気になっていたが、私がたまに伺うブログでも取り上げられつつあるので、検討のための第一次資料の所在をご紹介しておこう。私自身の所感は次回以降に。

教皇ベネディクト十六世のレーゲンスブルク大学での講演
信仰、理性、大学――回顧と考察 (2006.09.12)

1)日本語訳(by カトリック中央協議会)

2)ドイツ語原文*

3)英語

参照ブログ

1)教皇のことば・4(by Fixing a Hole さん)
関連記事を丹念に拾ってあり、非常にありがたい。初回記事~3も参照。

2)信仰と理性(by かわうそ亭 さん)
率直に、ご自分の所感を述べられている。

3)クリップ、ベネディクト16世の“神学”トーク、仏語版(by ね式(世界の読み方)ブログさん)
こちらを忘れていました。失礼。

*リンクを間違えていました。10/1訂正しました。参照して戴いた方々、ごめんなさい。

参照
教皇ベネディクト十六世のレーゲンスブルク大学での講演 信仰、理性、大学――回顧と考察 (2006.09.12) (2)

 


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2005年11月29日 (火)

井筒俊彦と大川周明

 かなり前、(今は亡き?)中央公論誌に井筒俊彦と誰だかの対談のが載っていた。そこに、太平洋戦争下、井筒と大川周明の交流について語っている部分があった。それは、大川周明が満鉄東亜経済調査局の中の資料室に、浩瀚かつ高価なイスラム叢書を2種類購入しており、それを読みこなせる人物がいなかったため、戦時下、暇だったらしい井筒に声をかけ、それを含むイスラム文献を自由に使わせていた、という内容だった。

 既に、その雑誌は行方不明となり手元にないのだが、ネットで検索すると下記のような、ほぼ同様の事に触れているHPがあったので、ご紹介しておこう。

大川周明とイスラーム

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2005年11月11日 (金)

人間性、この曲がった木 *(アンティゴネ2)

miyau さん

> 暴力に頼りがちな人間の哀しさは克服していきたいとも思います。

 人間は弱いものです。そして、この弱さは時として、むき出しの力、すなわち暴力として現れます。なぜなら、人間は自らの理解を超えるものに直面したり、気持ちを伝えたい相手とのコミュニケートを断念すると、その代替物として、暴力というメッセージに訴えるからです。

 ブッシュの米国がイスラムに暴力をふるい続けるのは、彼らがイスラムを理解できず、また理解しようともしてないからです。フランスでの暴動なども、言葉の代わりに、追い詰められた者の怒りを表明しているのでしょう。自爆テロも。

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