金言

2016年9月20日 (火)

出来事と帰責

「豊洲問題」はこのところ、マスコミの好餌となっている。

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2016年6月26日 (日)

なすべきことを発見する方法

人間にはその時々において大抵、「やりたいこと(実現したいこと)」(願望or欲望)がある。また、その際、当人にとって所与の環境条件や所持している能力・スキルによって制約され、限界づけられる「できること」(実行可能性)がある。

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2014年4月14日 (月)

シメオネ「夢が失われるのは、その夢を見る人間が死んだときのみ」

Diego Simeone。
La Liga の Atlético de Madrid の監督である。現役選手のときは、そのファイトとずる賢さ(汚さ)に随分腹が立ったものだが、監督に転進してからは、その発言にインテリジェンスの煌めきを感じることがしばしば。

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2014年1月 2日 (木)

不可抗力なものとは・・・

ブランダイス判事はこういったといわれる、「不可抗力なものとは、しばしば、抵抗されなかったものに過ぎない。」
アイザィア・バーリン『自由論』みすず書房 (1971年)、P.293

'The irresistible', Mr. Justice Brandeis is said to have remarked, 'is often only that which is not resisted.'
ISAIAH BERLIN, FOUR ESSAYS ON LIBERTY, 1982, Oxford, P.116

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2013年7月28日 (日)

人にブレーキをかけるもの、それは失敗ではない、失敗への恐れだ

 Regina Dugan。この人、誰? 彼女は、DARPAの局長だ。

 DARPAとは、泣く子も黙るthe Defense Advanced Research Projects Agency 米国防高等研究計画局、という米軍の巨大科学・技術者集団だ。そこのボスがRegina Dugan。見るからに切れ者、っていう印象。彼女のDARPAの宣伝を兼ねたスピーチが下記。

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2013年6月17日 (月)

「自分の人生なんで。笑われても構わない。笑ってください」長友佑都

 《男気》、という言葉がある。辞書には「弱い者が苦しんでいるのを見のがせない気性。男らしい男。」とあるが、《男らしい男》とは、己が笑われることよりもっと大事なことがある、と歯を食いしばって信じ続ける人間のことではないか。それが本当の《勇気》なのではないか。その意味で、長友佑都こそ「男の中の男」だ。かっこいい。

以下、ブラジル戦後のインタビュー。

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2012年11月20日 (火)

才能とは「苦労すべし」という贈与 gift である

他人ひとの才能を羨んではならない。なぜなら、才能とは苦労と責任を義務付けられたやっかいな贈与 gift だからである。

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2012年1月21日 (土)

In the Country of the Blind the One-Eyed Man is King.

H.G.Wells の、The Country of the Blind (1904)、は

"In the Country of the Blind the One-Eyed Man is King."
「盲人の国では片目の男でも王である。」

という箴言を素材として作られた興味深い寓話である。

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2011年1月 7日 (金)

成長とは自己像(self-image)の刷新である

 何かの機会に、いままで知らなかった己を知ることがある。そしてその瞬間に旧い自分とは異なった新しい自分に既になってしまっている。新バージョンの己はまだわからない。それがわかるのは、後の自己像改訂のとき、となる。

 生まれ変わりたいと願うなら、己が何者であるかを探究してみればよい。その探究が達せられた時、すでにあなたは別の自分になっているであろう。すなわち、それが自分革命なのである。

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2009年2月 7日 (土)

誰のための勉強か

 勉強をするのは誰のためだろうか。

 親や学校の教師は、「自分のため」「自分の将来のため」と言ったりする。教師は、確かに自分のためになっている。なにしろ、仕事が教えることだから役に立って当たり前だ。でも、子どもたちから親を見て、直接、学校でしている勉強が役に立っているように思えるだろうか。自分の親の仕事の内容がそれほどわからなくとも、そういう感じはしないだろう。

 では、誰のために、何のために、子どもたちは今その勉強をしているのだろうか。

 それは、自分以外の人のため、他人に役に立つためである。人の役に立つ自分になるためである。そう考えられないだろうか。

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