金言

2008年7月11日 (金)

祝福

 赤ちゃんは、すべての大人から祝福されなければならない存在である。

 なぜなら、赤ちゃんはその親を選べないし、遺伝形質や生まれてくる時代・場所も選べないからだ。

 人はおそらく、自らが他者から祝福された存在だと信じられなくなったとき、己の生を絶つのだ。祝福する力の衰弱した社会、それが現代日本であろうか。

*参照
谷川俊太郎の「世界人権宣言」 | AMNESTY INTERNATIONAL JAPAN

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2008年5月17日 (土)

あなたはダメな奴である

 確かに、あなたはダメな奴である。しかし、その苦悩ゆえにあなたは自由なのだ。

「たしかにギリシアの古典的哲学からストアに至るまで、あるいは東洋の諸宗教の中でも、人間が死を重大に考えるということを鎮静せしめる多くの試みがなされてきた。そしてその度合いに応じて、歴史的世界の否定も相当の現実性をあらわしてきたといってよいと思う。しかしこの道は肉体をもって生存する自由な存在としての人間に真に対応できなかったといえるのではないか。もちろんインド的救済の道が、あるいはギリシア的救済の道が、全然成り立たないということはできないであろう。しかし痛苦をもつ肉体と関わりをもつ人間的自由は、おのずと歴史的救済を志向するのではないだろうか。肉体がなければ苦悩は苦悩とならない。しかし自由がなければこの苦悩の意味やその解決は求めないであろう。」
 大木英夫『終末論』紀伊国屋新書(1972年)、p.50

「旧約聖書をその源泉とする終末論は、人間を常に未来を志向するがゆえに人格的に学び成長する存在として捉える。それは一定の論理というより、希望を失わず未来を志向するがゆえに自己の対し批判的であろうとし、罪や過ちを反省する態度を意味している。ゆえに終末論は罪の論理と不可分のものである。」
 関曠野『歴史の学び方について』窓社(1997年)、p.24

〔注〕フォントカラーは引用者による。

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2008年5月16日 (金)

金言シリーズ(その12)

 なぜ、男と女は、誤解と和解の歴史を繰り返すのだろう。それは、異なればこそ、互いを必要とするのだが、またそれ故にこそ究極的にはわかり合えないからだ。

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金言シリーズ(その11)

 わかり合おうとして、わかり合えなくとも悲しむ必要はない。相手の努力に気づけば、許し合うことはできるはずだ。

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2008年5月13日 (火)

金言シリーズ(その10)

大人の定義

 人はいつ大人になるか。それは、己をこの世に登場させた二人の人物の、背中が意外に小さいことを発見したとき。そして、彼らも自分と同じように傷ついていたことに気が付いた時である。

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2008年4月25日 (金)

金言シリーズ(その9)

You can't change your past.
But you can change your future.
Because you are making your future now.

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2007年12月 2日 (日)

金言シリーズ(その8)

 本を読むことは、孤独な作業ではない。なぜなら、それは著者を随伴者とする冒険の project だからだ。

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金言シリーズ(その7)

 世界は驚きに満ちている。それがわからないとしたら、その理由は世界ではなく、あなたにある。

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金言シリーズ(その6)

 あなたの必要性は、あなたには見えない。それをあなたに見せてくれるのは他者である。なぜなら、あなたの存在を必要としているのはあなた以外の人間だからだ。

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金言シリーズ(その5)

 他者の失敗を結果のみで、測ってはならない。その過程の努力の有無で評価しよう。結果のみからの見方は、いずれあなたの人生にも到来する負の帰結が、あなたを成長ではなく、努力の放棄へと導くものだからだ。

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金言シリーズ(その4)

 努力の報酬は、成功ではない。自己の人間的成長である。したがって、努力を忌避することは、人間的成長を自ら放棄したことに等しい。

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2007年11月 1日 (木)

失敗からしか学びは得られない

「努力のご褒美は結果ではなく、成長である」p.144
「失敗によって失われたものは実は何もなく、一つの経験を乗り越えることによってひとまわり成長した自分を発見することでしょう。」p.145
   宮本哲也『強育論』ディスカヴァー・トゥエンティワン(2004)

「だが、人間は学習する自由な存在でもある。政治において結果責任が問題とされるのも、結果が意図に反したことを認めて反省しない人間は学習する自由な存在とはいえないからである。」
   関曠野『歴史の学び方について』窓社(1997)、p.109

「人間を他の自然物と区別するのは理性的思考でも自然に対する支配でもなくて、選択し実験する自由である」
   アイザイア・バーリン『自由論』みすず書房(1990)、p.450

 かたや、成功した小企業経営者、特異な塾経営者から、思想史家、政治哲学者まで、その中核の思想は同じだろう。

「人間とは、己の失敗や他者から幾たびでも、学び直すことで、変化、成長することができる存在であり、またそれを求めている存在である。」

 自戒としたい。

※表題は、下記書、p.24より。
金森重樹『インターネットを使って自宅で1億円稼いだ! 超・マーケティング』ダイヤモンド社 (2004)

 下記も参照戴ければ幸甚。
コーチングの人間観

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2006年7月29日 (土)

金言シリーズ(その3)

 いま、あなたが選び取ったことの価値は、いま、あなたが選び取らなかった全てのものの価値で計られる。

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2006年7月28日 (金)

金言シリーズ(その2)

 いずれの道を選ぶか迷うときは、最も困難な道を選ぶべきだ。

 なぜなら、それこそがあなたの最もやりたいことだからだ。

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2006年7月27日 (木)

金言シリーズ(その1.5)

 悩んだとき、素直に打ち明けられる友、これが真の友である。彼(彼女)は、静かにあなたの言葉を受け止めてくれるであろう。だからあなたも、よき友として、他者の言葉をそっと受け止めてあげよう。解決の糸口は、既にその中に隠されているのだから。

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金言シリーズ(その1)

 するかどうか迷うときは、すべきだ。

 なぜか。何もしないで後悔するよりは、行って後悔するほうがましだからだ。

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