Immanuel Kant

2018年6月 4日 (月)

Emil Lask und Heidegger

Emil Lask(1875―1915)
ハイデッガーがその『存在と時間』(1927)、p.218脚註(独語版)おいて、「現象学研究の主流の外で《現象学的真理論》の研究を肯定的に引き継いでいる唯一の者はラスクである。」とラスクに触れ、その『法哲学』『判断論』を挙げていることを見ますと、エミール・ラスクの重要性を少し想像することができそうです。現代は新カント派を過小評価し過ぎているのかも知れません。

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2016年11月 3日 (木)

インターフェースとしての言葉( Language as an interface )

 今日、地球上に各地に見られる、ヒト以外の多様な生物種は、自然の選択圧のscreeningを受け、fitnessの高い身体(表現型)の生物種へと置換(=進化)して、その生物相を構成している。

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2016年10月13日 (木)

人は言葉の外に出られない

カントは、空間と時間が人間の直観の形式であると述べた。そして感性的直観の対象を「現象」とし、我々の感性に現象と映じるものがあるなら、その奥に現象するものがなければおかしいと考え、それを「物自体 Ding an sich 」とした。

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2014年1月24日 (金)

柏原兵三『長い道』中公文庫1989年

柏原兵三『長い道』中公文庫1989年

■悔悟
読み出すと途中で置いてしまうことができなかった。しかし、それは楽しいからではない。むしろ読めば読むほど陰陰滅滅となった。なぜこの小説にそれほど引き込まれてしまうのか。

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2013年3月23日 (土)

David Hume からの問い(2)

 先の記事で、David Hume の言を引いた。それに応答してそうな Immanuel Kant の言葉を思い出したのでメモしておこう。

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2012年3月20日 (火)

新カント派の亡霊について(応答2)

応答1〕より

 いまだ、多忙の身で、頭がおかしくなりそうですが、ずるずる放擲することもできない性格なので、少しずつ応答してみます。自然法についてです。

 碧海純一氏のお弟子さんに、長尾龍一氏という法哲学者がおられます。下記は長尾氏のHPです。

Ryuichi Nagao 長尾龍一 Website OURANOS -ウーラノス-

 長尾氏の著作に、『法哲学入門』があり、1983年に日本評論社から出ていて、それが文庫で復刊されています。

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2012年3月12日 (月)

新カント派の亡霊について(応答1)

がんちゃんさんから、幾つかご質問がありました。
まだこの年度替りの多忙から脱出できていませんが、
答えられそうなものから簡略に応答することと致します。

ちなみに、この応答は部分的なものなので、
このエントリーにresをつけて戴くと旧いご質問への
応答と混線する危険性があります。恐縮ですが、
これまでのご質問へのブログ主の応答がとりあえず一段落
するまでresはご遠慮ください。 → がんちゃんさん

①新カント派と碧海純一氏の関連

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2012年2月23日 (木)

新カント派の亡霊について

 以前の記事の続きらしきものを書いておく。

 まずは、引用から。

 第一次世界大戦を境に、それ以前には大きな影響力をもっていた新カント学派の哲学は、急速にその勢いを失う。これは、この大戦とその後の歴史の現実が、人間の主観性と対象構成に依拠する行き方の限界を、おのずから明らかならしめたためと考えられる。

 なお、わが国では、明治末年から大正時代にかけて、桑木厳翼(くわきげんよく)、朝永三十郎(ともながさんじゅうろう)、左右田喜一郎(そうだきいちろう)らによってこの学派、とりわけ西南ドイツ学派の哲学が本格的に移入され、時代の文化主義的風潮とも呼応しながら、一時期アカデミー哲学の主流を形成した。同学派の西洋哲学史観などは、今日までなおその大きな影響をとどめている。
日本大百科全書(ニッポニカ)、「新カント派」、坂部 恵

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2011年5月13日 (金)

村上淳一『仮想の近代  西洋的理性とポストモダン』東京大学出版会1992

■伝統法史学とポスト・モダンの絶妙なハーモニー

 著者は、『近代法の形成』 を初めとした多くの名著をものされているドイツ法史の泰斗。東大西洋法史学のエースで四番みたいな人。ところがNiklas Luhmannの訳書を出したあたり(1980年前後)から、ポスト・モダン的なものへの志向が明確になり、伝統的な東大独逸法史学のディシプリンを若干逸脱しだす。おそらく周囲は「ありゃりゃ」と見ていたのだろうが、本人意に介せず、「ベルリンの壁崩壊」後の1992年に本書を出す。

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2010年6月 7日 (月)

共和制と財政=軍事国家(メモ)

 カント(Immanuel Kant)は、その『永遠平和のために ― 哲学的な草案』(1795年)の、永遠平和のための第一確定条項、において、「どの国の市民的な体制も、共和的なものであること」*、を挙げている。

 しかし、改めて17世紀西欧における近代主権国家群の勃興を回顧するならば、このカントの言説に多少の留保が必要に思えてくる。

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