待つ身は辛い(2)
ついに、羽入辰郎氏の新著が出た模様。下記↓
羽入辰郎『学問とは何か―「マックス・ヴェーバーの犯罪」その後』ミネルヴァ書房(2008年/7月)
ただ、今、人生多忙につき、この大著に飛びつく時間が不足気味なのと、それを上回るほど、この問題への関心が、現在、あまり高くないので、もし読まれた方などがあれば、コメントなど戴けると、幸甚です。
*参照
待つ身は辛い
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ついに、羽入辰郎氏の新著が出た模様。下記↓
羽入辰郎『学問とは何か―「マックス・ヴェーバーの犯罪」その後』ミネルヴァ書房(2008年/7月)
ただ、今、人生多忙につき、この大著に飛びつく時間が不足気味なのと、それを上回るほど、この問題への関心が、現在、あまり高くないので、もし読まれた方などがあれば、コメントなど戴けると、幸甚です。
*参照
待つ身は辛い
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ヨーロッパにおける宗教改革については、以前にも触れたことがある。
ただそれは、宗教改革のもたらした思想史的影響を、関曠野のガイドラインに沿って簡略にまとめただけで、史実としての宗教改革がいったいなんであったのか、ということにはほとんど触れていない。今回改めて、歴史学の対象としての宗教改革の全体像を知りたくて、下記の書をひも解いてみた。
小泉 徹『宗教改革とその時代』山川出版社(1996)
(世界史リブレット27)
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【追記】2008.05.13.
本日、気になったので念のためもう一度書店で確認した。そこで判明したことは、上記の、タイトル頁裏面の底本表記の部分に、私の記憶違いがあったことである。再度、掲載することをお許し願いたい。下記である。
「 First published by Verlag von J.C.B.Mohr(Paul Siebeck) 1926 」
このドイツ語部分も英訳すると、こうなろうか。
「 First published by Publication by J.C.B.Mohr(Paul Siebeck) 1926 」
これを無理に日本語化すれば、
「 1926年 J.C.B.Mohr(Paul Siebeck)による発行によって最初に発行された」
だろうか。あまり釈然としない変更のような気もするが・・。ドイツ語はおろか英語もいささか心もとない身なので、本書の復刊にあたっての手直しが、みすず書房、という、libero e nobile animo(自由にして高貴な精神)と知的矜持を併せ持つ、優れた出版社の声価を損なわないことを願うばかりだ。
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下記の名著が先月、復刊された。
マリアンネ・ウェーバー『マックス・ウェーバー』みすず書房(1987年)
ウェーバーの一読者として慶賀に堪えない。
その一方で、この訳書は、以前の記事で私が指摘したような問題を抱えていた。
そこで、先日たまたま書店に立寄ったついでに、手にとって見たところ、タイトル頁裏面の底本表記には、こうあった。
「 First published by J.C.B.Mohr(Paul Siebeck) 1926 」
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例えば近世初頭の理学者小瀬甫庵(1564-1640)は、前田利家による石動山天平寺(天智天皇の勅願所と伝えられる)の焼き打ちにふれて次のように述
べている。「代々之秘法も調伏之護摩も本尊之神力も、実理にあふては其甲斐露なく見ゆ」「歴々たる武士たちの武運長久之戦功を仏神に便り、珠数の力を憑
む事は何事ぞや」と。彼によれば「理に背けば天に背く」のであり、「天意」に合うか合わぬかが人の運命の岐路となる。従って神仏の力を頼む呪術はすべて無
効だというのである。晩年の彼は生涯を振り返り、織田信長が妄僧に騙されなかったため「寺院の法力」もその頃から衰えだした。・・・。
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平石直昭『日本政治思想史』放送大学教育振興会(1997年)、pp.25-26
織田・豊臣政権、そして、徳川政権といった戦国武将出身の軍人政治家たちは、中世における「呪術の園」ともいうべき顕密体制への禁忌を、全く新たな「外 部」=キリシタンによる神仏否定を思想的梃子として振り払い、そのうえで、むき出しの暴力=軍事力をその顕密権門へ行使し、彼らの思惑通り、それらを次々 とその足下に組み伏した。
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「 以上のようにチベットでは仏教は深く根を下ろし、社会的な拡がりを持ち民衆の間に浸透して行くとともに、高い哲学的発展をとげ、ここに世界で特異なチ
ベット仏教、俗にいうラマ教が形成されたのである。この意味で、・・、チベットは仏教が現在にいたるまで常にその文化の主流を形成して来た唯一の国であ
る。このチベット仏教はチベット内部のみならず、十三世紀から、特に十六世紀以来蒙古に伝播し、ヒマラヤ山中の小国であるブータン、シッキム、そしてネ
パールの北部をも含む内陸アジアの中部にチベット仏教圏を形成している。また、今はほとんどなくなってしまったインド仏教の原典の忠実な翻訳の数々をもつ
チベット仏教は、仏教学においても重要な位置をしめている。
このような歴史的・宗教的背景をもつチベット人に接してみると、日本人などには見られないほどの強い宗教的バックボーンがあることを感ずる。それはラマ
僧ばかりでなく、乞食をしながらインド巡礼にくるチベット人にも感じられるものである。これはヨーロッパのキリスト教諸国、モスレム教のアラブ諸国、ヒン
ドゥ教のインドの人々に共通する宗教に鍛えられた精神の強さである。
日本人が高度の文化をもち、その知識においては比類ないほどのすぐれたものを持ちながら、強い精神的バックボーンを持たず、常に落着きがないのは、いず
れの宗教、哲学も強い根をおろさず、また日本独特の、道徳までも規制する宗教的・哲学的発展がなされなかったためではなかろうかと、チベット人に接したと
きに感じたのである。」(1)
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「最後に折原浩氏に言っておこう。貴兄はこの本を見ると、羽入は自分の批判には一切答えずに、また別の本を出した、無責任極まりない、などと言ってくるんであろうが、それは誤解であり、貴兄がそこで苛立つ必要は何らない。本書を書き始める前の段階で、貴兄への反駁書『学問とは何か -「マックス・ウェーバーの犯罪」その後- 』と題した完成稿を、筆者はミネルヴァ書房にすでに提出しており、現在校正中である。本書は、右記完成原稿の提出後に書いたものである。筆者の心づもりとしては、貴兄への反駁書が出た後で本書を出したかったのであるが、校正の分量の差がケタ違いで、出版の順序が結果的に後先になってしまったものである。次に出る本で貴兄の論難に対しては逐一反駁してあるので、楽しみに待っていらして頂きたい。
二〇〇七年十月十八日 世田谷区の自宅にて 筆者」
羽入辰郎『マックス・ヴェーバーの哀しみ 一生を母親に貪り食われた男』PHP新書(2007年)、p.205、あとがき、より
それから、はや半年。いまだにミネルヴァ書房から出版されていないし、そのHPに予告らしきものはなし。はて、いかがなされたものだろうか。
そうこうしているうちに、上記の羽入氏本とほぼ同じ視点からのものが出版されているのを知った。下記。
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エートスが進化するとしたら、それは社会に受け入れられているエートスの交代だと前回述べた。
つまり、エートスXがエートスX+やエートスX-に歴史的に遷移したならば、それはエートスXが、X+やX-に変容したのではなく、異なるエートスであるX+やX-に切り替わったのだ、とみなせるし、それが歴史の進化的理解にも合致する、ということだった。
では、エートスXが存在して、そのT歴史時間後にX+やX-が出現するとしたらどのような経路が考えられるだろうか。契機は三つある。1)異なる預言者の出現、2)エートスXをもたらした預言者x自身の思想変化、3)預言者xの思想が、ある社会層のエートスXとして受け入れられる際の変形、である。
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進化理論は、変異と選択という二つの概念装置から構成されている。
変異とは、ある種が何らかの要因で変ることであり、選択とはその種の持つ形質がその種が生きている局所的世界、つまり生活環境にうまくフィットしているため生き残る、という意味である。
そして、この二つの事柄は全く独立したことだ、というのがダーウィン進化論の核心だ。その二つの組み合わせで進化という現象、つまり「1世代を超える時間的なスケジュールでの生物の(遺伝的な変化を伴う)形質の時間的変化」*が起こるのだとする。
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■社会的紀律化 (Sozialdisziplinierung)とはなにか
「社会的紀律化とは、近代ヨーロッパの成立過程を「紀律 (disciplina)」」の深化と拡大という観点から描き出した概念である。類似の概念としてはマックス・ヴェーバーの「合理化」やノルベルト・エリアスの「文明化」があるが、これらは社会経済的諸関係の長期変動のプロセスを外在的・社会学的に記述したものであった。
これに対して、社会的紀律化の概念的特徴は、客観的要素にとどまらず同時代人の意思や行動といった主観的要素までも含めた形で、政治・経済・社会・文化のあらゆる局面で進行した秩序形成と自己抑制のプロセスを内在的・歴史的にとらえようとする点にある。その意味において、社会的紀律化の概念は、精神史・国制史・社会史を綜合し、国家権力から中間的諸権力をこえて民衆の心性までも射程におさめた包括的な分析枠組といえる。」
勝田有恒/森征一/山内進編著『概説西洋法制史』ミネルヴァ書房(2004年)、p.226
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■「勤勉革命 Industrious Revolution 」とはなにか
「江戸時代の農業生産力の上昇は、間作・裏作や二毛作による土地利用頻度の高度化という点ではイングランドに似ていたが、経営規模の縮小、家畜利用の減少という点では正反対の方向に向かっていた。労働節約的ではなく、牛馬の代わりに家族労働力を惜しみなく注ぎ込む、労働集約的な発展経路を進んだのである。
このような変化を速水融氏は「勤勉革命」(Industrious Revolution)と呼ぶ。密植に耐える水稲農耕が土地節約的農業を可能にしていたという生態学的な条件を前提にして、人口密度が高く、耕地・人口比率が低かったことが、土地利用の高度化と投下労働量の増大からなる労働集約的農業を生んだのである。産業革命 (Industrial revolurtion)の労働節約的な性格と対比させて「勤勉」を強調したのであるが、その内実は、長時間の激しい労働であった。」
鬼頭宏『文明としての江戸システム』日本の歴史19、講談社(2002年)、p.275
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Albert O. Hirschman
の提起した、社会集団を考察するための、voice or exit という二分法は、普遍的な分析装置である。
例証として、一つの儒家テキストのを挙げておこう。
為人臣之禮:不顯諫。三諫而不聽,則逃之。子之事親也:三諫而不聽,則號泣而隨之。
(禮記 曲禮下 113)
そして、このコンセプトが、Max Weber の Anstalt と Verein にピッタリ対応するものであることは、明敏なる読書子なら、容易に気付かれる事だろうと思う。
このことから、様々なアイデアが導出できるのだが、身辺多忙のため、ここで続く、ことにする。
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■2)t-maru氏の2008.01.09付けコメントの前半部分について
「ヴェーバーがルターを取り上げているのは、あくまで「トポス」としてであり、問題設定の開設、導入部に過ぎません。
羽入氏を含め多くの人がそこが本論であるように誤解しています。」
この点については、羽入氏に対する折原氏の反論などもあり、以前よりは理解は深まっていると思う。そもそも、第二章を読めばこれが中心だということは、学部学生時代の私でも一応了解できた。それゆえにかえって第一章の位置づけが私の中では長く不明瞭だったわけだ。
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〔目次〕
****************
訳者序文
文庫版への序
著者序言
第1章 問題
1 信仰と社会層分化
2 資本主義の「精神」
3 ルッターの天職観念―研究の課題
第2章 禁欲的プロテスタンティズムの天職倫理
1 世俗内的禁欲の宗教的諸基盤
2 禁欲と資本主義精神
訳者解説
主要索引
****************
Weberが遺した巨大な仕事の中で、この論文のみに執着することはあまり生産的ではない。なぜなら、安藤英治によって明らかにされたように、"Archiv"に発表した原論文に対して、彼の晩年に刊行された現論文は徹底した改訂が施されているからである。
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t-maru 氏から、下記のコメントを戴いています。行論上、箇条書きにし、この記事では沢崎氏と直接関連する2)のみ扱います。
1)ヴェーバーがルターを取り上げているのは、あくまで「トポス」としてであり、問題設定の解説、導入部に過ぎません。
羽入氏を含め多くの人がそこが本論であるように誤解しています。
2)それから「ルターの死後、ルターのあずかり知らないところでそれが”Beruf”に改訂されたのなら、確かにヴェーバーの議論は成立しない。」というのは、ルターが最初「状態」にあたる単語に翻訳していて、それが死後「Beruf」に改訂されたなら、という意味でruf(f)がBerufに改訂されたら、という意味ではありません。
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考えてみれば、故沢崎堅造氏(師というべきか)の業績を、70年間も埋もらせ続けたのは一人、羽入氏や折原氏の責任ではない。
故沢崎氏は京大経済学部大学院の研究室に属し、その紀要である『経済論叢』という media に発表していた。厳密な意味で referee の審査がなかったにしても、編集委員は目を通していたわけだし、同窓の研究者仲間(出口勇蔵氏もその一人)もいたろう。
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列島の戦国期から徳川初期の変遷を、社会組織原理の変遷で再解釈するために、戦国期に関する概説書を今日明日で読み切らねばならない、というのに、みすず書房版大久保訳の Marianne Weber"Max Weber: Ein Lebensbild" をチラチラ拾い読みをしてしまった。
そこで少々気になった点があるので、注記しておこう。
この羽入氏の著書で一つ勉強になった点は、みすず版の「ウェーバー伝」には訳出されていない部分がチョコチョコあるということである(本書、p.38、pp.56-57)。正直、これはひどいと思った。羽入氏の指摘するとおり、訳者としては越権行為である。
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「ヴェーバー自身も述べていることであるが、こうした広大な領域の研究をおこなうためには、自分自身で一次文献を直接渉猟することなど到底出来ず、どうしても二次文献に頼らざるを得ない。それは純粋に学問的に見た場合、独創性を主張することは何ら出来ない業績にしか過ぎない。」
羽入辰郎『マックス・ヴェーバーの哀しみ』PHP新書(2007年)、pp.48-49
羽入氏の物言いには、他者に対する respect が欠けている。折原氏を憤激させる要因にこれが一つあるだろう。他の Weberian の感情過多の反応も、羽入氏の Max Weber へのrespectの無さに理由が求められる。要するに、無礼者!っていうところか。ま、それもどうかと思うのだが。
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「画家を志しながら、父との葛藤のなかで科学者となることを選んだことが、ジェイムズの生涯につきまとう深刻な憂鬱症をもたらしたことは多くの伝記作家たちの格好の題材となってきた」
W.ジェイムズ『純粋経験の哲学』岩波文庫(2004年)、p.267、解説(伊藤邦武氏筆)
いやー、親による子への人格的抑圧とその身体的応答としてのdepressionっていうのはよくあるものだ。
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日本における、Max Weber 業界に、「羽入-折原論争」なるものがある。この記事は、その彼らの文献学上の初歩的ミスを指摘するためのものだ。
コメント欄は何らのアクセス制限はしていないので、ご意見のある方はそこを利用して戴いて結構。ただ、それへの応答はあまり期待されぬようお願いしたい。私自身、この問題に少々倦んできたこと、それ以上にこの年末から年始にかけての私自身のわずかばかりの余暇を利用して、近世国制史研究をなんとしても進めたいと考えているので、私の頭脳、体力という資源を割くことが出来ない可能性が高いためである。
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関連リンクを貼っておこう。
タカマサのきまぐれ時評2 羽入辰郎『マックス・ヴェーバーの哀しみ 一生を母親に貪り喰われた男』は相当スキャンダラス
タカマサのきまぐれ時評2 羽入辰郎『マックス・ヴェーバーの哀しみ 一生を母親に貪り喰われた男』は相当スキャンダラス2
これに関する議論、私としては少々飽きてきた。橋本努氏のサイトにボールを投げてみることにする。反応するかな?
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私は、これまで邦訳ではチョコチョコ Max Weber を読んできた。
学部1年の「社会科学入門」なる講義で、大塚久雄『社会科学における人間』(1977)、の存在を教えられ読んだ。芋ずる式に大塚久雄『社会科学の方法』(1966)にたどり着き、そこから導かれて、どうしても読みたくなり、岩波文庫旧版の梶山・大塚訳『倫理』に向かった。
恐らく、学部時代に旧訳で2回読み、学部卒業後、往復の通勤時間を利用して、新訳で2回読んだと思う。あとは時に応じて拾い読み。
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Max Weber が団体を議論するときの重要な2類型、Anstalt と Verein。通常の英語との対応を見るとこうなる。
Anstalt ⇔ institution
Verein ⇔ club, association
Weber は、近代国家は、Anstalt であるという。だから、社会契約説による国家設立という story に、Weberは組しない。
一方、日本中世の結社原理「一揆」。さて、この「一揆」は果たして、Anstalt か、Verein か。おそらく、Verein なのだろう。そして、幾つか観察から、戦国大名も「一揆」の構造を持っているらしい。すると、その延長線上に構築された徳川国家は、 association ?
もう少し、息の長い考察が必要のようだ。捲土重来。
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本屋でたまたま目撃してしまい、買ってしまった。優先順位の高い事が他にあると言うのに・・・。
まだ、ほんの一部にしか眼を通せてないが、早速「これは」という収穫があったのでアイデアがらみのメモ程度だが記録しておこう。
小谷汪之 「ウェーバーの比較社会学と歴史研究 アジア=インド認識を通して」pp.46-60
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「 しかもウェーバーもこのエロスの饗宴と無縁ではなかった。彼はグロースとエルゼの子ペーターの父親代わりになるが、エルゼ*との友情は続き、1910年ヴェニスで関係を結んだ。これは五十年間秘められていたのである。さらにウェーバーはスイスのアスコナで、フリーダ・グロースの次の愛人、アナーキストのカールが捕らわれた時、釈放のために働いているのである。」
上山安敏 『神話と科学』 岩波書店(1984)、pp.224-225、「Ⅴ 精神分析と社会科学」、「エロスの饗宴」、より、
*「妻のマリアンネはハイデルベルクで婦人解放運動にたずさわっており、ウェーバーとは女性問題が論じられていた。エルゼは、ウェーバーの下で国民経済学の博士を獲得し、カールスルーエで工場の監督官として女工の権利を守ることをバーデンから資格づけられた女性第一号である。」
同上、p.221
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すでにこの話題も長くなってしまい、私も少々飽きてきた。この辺でザックリ結語としたい。
人間の行動と社会の歴史的遷移をいくつかに図式化してみる。
まず、諸個人の行動。
Ⅰ.目的 → 手段(選択)→ 行動
次に、社会の時間(歴史)的遷移。
Ⅱ.原因 → 結果
Weber の社会科学方法論は、{目的 → 手段(選択)}を{原因}に、{行動}を{結果}に読み替え、ⅠをⅡに組み込む。これで、科学方法論として、因果論が使えることになる。
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前回は、いくらか話を急いでしまった。ここで議論を整理しよう。
Hume→Hayek と流れる保守主義理論とは、私見では以下のようにまとめられる。
人間の諸制度は、漸進的に善くなるし、漸進的にしか善くならない。人間の理性の限界のため、事前に善なるものが分からなくとも、事後的には少しずつ判明し、そして少しずつなら、限界ある理性でもそれらの善と悪を識別でき、そうやって人間は少しずつでも善なるものを選び取っていくはずだ。だから、結果として自生的(spontaneous)にゆっくり形成された人間諸制度のみが(人間理性の限界にも関わらず)優れた善なるものであると言えるのである。したがって、人間の理性を過信したために、より善なる人間諸制度全体を、包括的、事前意図的に作ることできるとか、事前合理的に善なるものを判断したうえで、それを人間社会全体に適用させることは可能だ、というのは、人間理性の驕り(arrogance)に過ぎない。そういうイデオロギーは、設計主義(constructivism)であり、人間社会に害悪のみもたらしてきたのであるから、少しでもその気配があるならば、徹底的に批判しなければならない。
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先に、spontaneous generation ではなく、 historical generation としての liberal democracy(論理的時間と歴史的時間)、という長たらしいタイトルの記事を載せた。
そこで気がついたことがあるので、メモしておこう。
Hume → Hayek と流れる保守主義理論は、人間の諸制度が少しずつ成長ないし進化すると考える。つまり、時間という篩(ふるい)にかけられて、緩慢ではあっても幾人、幾世代もの人々の経験から結果的に選び取られ、歴史の検証にさらさられ、定着してきたものだけが、いまこうして残っている人間の諸制度なのだ、というわけである。
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他所様のところへ書いたコメントの再述(すこし改変)と追記。
禁欲的プロテスタンティズムは、共同体内-外の区別を破砕し、家族内-外、つまり、「身内の論理」をも無くした。これが、近代において、「個- 人」が共同体から析出されてくる、という意味でもあった。そして、その諸個人は、共同体の代わりに、自らを守るため、近代主権国家を「選択的」、つまり自らの意志によって構築する道(=社会契約)を選ばざるを得なくなる。
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「かくのごとく共同体の仲間同士の間の経済的交渉、さきにいわゆる対内経済 Binnenwirtschaft と、縁もゆかりもない外部のものに対する経済的交渉、いわば対外経済 Aussenwirtschaft とが全然ことなり、また対内道徳 Binnenethik と対外道徳 Aussenethik とが全然ことなるというのが、近代西洋以外においてわれわれが常に遭遇する事実であるが、これに反してこの対内経済と対外経済との間の、また対内道徳と対外道徳との間のけじめを廃棄したこと、言いかえれば、対内経済の中に商人的生活態度 das haendlerische Prinzip が浸透したこと、さらにこういう基礎に立脚して労働が新しく組織されていること、これらの事実こそ西洋的資本主義の第二の特徴である。」
マックス・ウェーバー『一般社会経済史要論 下巻』岩波書店(1955年)、黒正巌・青山秀夫訳、p.171
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■「社会契約説」とは何か
「 政治社会の成立を個人間の契約に求め,それによって政治権力の正統性を説明する理論。すでに古代ギリシアのソフィストにその端緒が見られるが,17~18世紀のヨーロッパにおいて全面的に展開され,国家を個人の作為とし,政治的義務の根拠を個人の選択に求めることによって,権力による事実的支配であった主権国家を,被治者の自発的結社に組みかえる近代国家の構成原理として,巨大な歴史的役割を果たした。」
福田歓一筆「社会契約説」、平凡社世界大百科事典、1998年
■ Hume の convention 論による批判
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「国家が存続するためには、被治者がその時の支配者の主張する権威に服従することが必要である。では被治者は、どんな場合にどんな理由で服従するのか。この支配はどのような内的な正当化の根拠と外的な手段とに支えられているのか。」
マックス・ヴェーバー『職業としての政治』岩波文庫版、pp.10-11
Max Weber が類型化する「内的正当化の根拠」は、以下の有名な三か条である。
1)伝統的支配
2)カリスマ的支配
3)「合法性」による支配
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ウェーバー社会学の日本語の訳は、当然なことにカント哲学の語彙の影響下にある。そして、カント哲学の語彙は、じつは、徳川後期から明治全般にかけての19世紀、隆盛を見た日本陽明学の影響下で語彙構成されたものである。
ということは、“gesinnungsethisch”の日本語訳にも、その影響が及んでいると推論することは無理ではない。つまり、この語が「信条」ではなく、「心情」と訳出されたのも、日本的「陸王心学」の痕跡かもしれない。
それなら、不適切な訳というよりは、日本近代史の文脈(context)からいえば、ある意味自然なものとも考えられる。つまり、この語も、陽明学=カント的な影響下にあったということになろう。
以上の議論は、後日、
小島毅 『近代日本の陽明学』講談社選書メチエ (2006年)
小島毅 『朱子学と陽明学』放送大学教育振興会 (2004年)
の書評をこのblogに収める際に、触れることになると思う。
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年金記録紛失問題が、紛糾、混迷の度を深めている。
アベ内閣総理大臣は、来年5月までに5000万件の全件照合を完了させる予定という。しかし、この問題、当初から、年金問題に詳しい人々が、この期日までには「まず無理」と発言していた。その一方で、閣僚たちは、内閣総理大臣がやる、というのだから、やります、と言う。
アベちんの「心情」はわからんでもない。今年は参議院議員選挙もあるし。なんとか、ポイントをあげたいのだろう。でも、確たる成算や根拠があるわけでもなさそうなのに、「やるといったら、やります。」では、信条以前の心情のレベル、単なる妄想=「こうなったらいいなぁ。」にすぎない、といわれても止むを得まい。
アベちんの「やるといったら、ぜぇぇったいにやるぅ。」という発言のため、彼の下僚たちは、どんどん追い詰められている。社会保険事務所は、日曜も年金相談に対応するし、平日も午後7時までやるんだって。しかし、公務員は、民間企業と違い involuntary な残業、つまりサービス残業を、ノンキャリアの公務員にそうそう強制はできない。ということは、単純に考えても、これから相当の残業手当、休日出勤手当の支給も重なろうというものだ。
たぶん、内部では、費用がいくらかかってもやれ、という状況なんだろう。でも、そのカネはいったいどこから捻出するつもりだったのだろうか。こういう後先のことを考えないできたから、現状のような莫大な財政赤字になったはず。
アベちんには、政治家としての責任倫理と責任能力の双方が、同時に欠落しているのではないか、という疑念が日に日に強まってくる、今日この頃、である。
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以前から気になっていることがある。これは、先年物故した森嶋通夫が主張していたことでもある(他に同様の論者がいたかどうかは不明)。
「心情倫理(的)」と訳されている Gesinnungsethik , gesinnungsethisch は、「信条倫理(的)」と訳されるべきではないか、ということである。
独英辞典などで、この語 Gesinnung の対応物をみると、
attitude, opinion, disposition 、
とか、
Fundamental attitude
とある。
しかし、日本語で「心情」というと、
心の中にある思いや感情。「被災者の―を察する」「―的には賛成だ」
『大辞泉』より
となっている。で、「心情」からドイツ語に逆引きしてみると、
Gemüt ; Gefühl ; Herz
や、「心情を察する」では、
jmds. Gefühle verstehen; jmdm. etw. nachfühlen; sich in jmds. Lage versetzen.
といった訳が与えられていたりする。
念のため、「心情」から、英語に逆引きしてみると、
one's feelings
・ 彼の心情を察して言葉もなかった
I felt so sorry for him [for him so deeply] that I could say nothing.
といった具合だ。
以上、一通り、準備運動は出来た。そこで、ドイツ語原文で、 Weber が最初にこの議論を導入した部分を引いてみる。
1) es kann “gesinnungsethisch”oder “veranwortungsethisch” orientiert sein.
Gesammelte Politische Schriften
p.441 439/449
Politik als Beruf (1919)
※このドイツ語版「政治論集」は、PDFファイルで提供されており、自由にdownload可能(す、すごすぎる)。
では、.この部分の英訳の(代表的)一例を掲げる。
2) conduct can be oriented to an 'ethic of ultimate ends' or to an 'ethic of responsibility.'
Politics as a Vocation
Max Weber
(Politics as Vocation: From Max Weber: Essay in Sociology. Translated by Hans H. Gerth and C. Wright Mills. New York: Oxford Univ. Press. 1946.)
日本語で「心情倫理(的)」と訳されている部分は、「 ethic of ultimate ends 」と英訳されていることがわかる。これをさらに、日本語に重訳すれば、「究極的な目的の倫理」か。
「心情倫理」で、わからないでもないが、日本語として受容する側からすると、原意からかなりズレていそうな気がする。というか、危険を感じる。
結果がどうであれ、己が信じたことを実行することに価値がある、という倫理に方向付けられた態度・生き方、というのが Weber の使用文脈だろう。それからすると、日本語文脈に埋め込まれた「心情(的)」では、信念に裏付けられた行為、というよりは、感情的な一時の気の迷い、のように受け取られないだろうか。
「信条(的)」のほうが、誤解を生む危険性をより減らせると思う。
ちなみに、米国版の「反・九段の母」シンディ・シーハンの行動は、「心情的」か「信条的」か。下記を読むと、始まりは「心情的」なものだったろうが、徐々に「信条的」なものへ成長していったのだと思われる。
※シーハンさんが引退表明後受けたインタビューの中で、「九段の母」として初めて、ブッシュと会ったときのことを回想した部分(これは、renqing が参加しているMLで教えてもらったものです)。
Cindy Sheehan Steps Down as the Face of the Antiwar Movement
By Amy Goodman, Democracy Now!. Posted May 30, 2007.
上記の2頁目↓の下部。
http://www.alternet.org/waroniraq/52654/?page=2
そして彼女の「信条倫理」は、以下のような「責任倫理」としてまた生まれ変わっている。