北昤吉著 『哲学行脚』 大正15(1926)年 新潮社刊

こちらは明治、大正という時代の可能性を示す書籍の第一弾です。

Titlepage

■北昤吉(きた れいきち)と本書

 二・二六事件で刑死した国家社会主義者北一輝には二歳離れた弟がいました。それが本書の著者、大正・昭和期に活躍した哲学者、政治家北昤吉です。

 北家は佐渡島の名主で、その長男が北輝次郎(北一輝)、次男が北昤吉です。佐渡の漁師町の家訓に従い、兄弟で同じ船には乗らず、奔放な兄と異なり、昤吉は堅実にアカデミシャンの道を歩みます。

 第一次世界大戦の末年に欧州留学の機会を得、母校早稲田の哲学講師を辞めて、四年半の欧州留学に旅立ちます。その哲学紀行の顛末が本書です。米国で一年間、そして英国、フランス、イタリア、と哲学巡礼しながら、ドイツの首都ベルリン、そして目的のハイデルベルクに落ち着きます。 

 本書の白眉は、ベルクソン、クローチェ等との会見記、そしてリッケルトを中心とする新カント派西南学派の哲学者たちとの交流です。著者は英語、ドイツ語の語学力を当地で磨きながら、その大人風の豪胆さを発揮して、米国、欧州で大哲学者の名に臆することなく、自らの意見を遠慮なくぶつけ、彼らの本音を引き出します。

例えば、こうベルグソンが熱弁を振るっています。

「・・・。説明の爲に事実をまげるのが哲學の能事ではない。概念も重要だが、これは事実を明らかにする方便としてゞある。概念は事実に取りかはる権利は持つてゐない。私は實在を取り出して、これ御覧なさいといふ丈である。」(本文20‐21頁)

リアリストの面目躍如というところでしょうか。

 また、リッケルトとの対話では、大戦で戦死した愛弟子のエミール・ラスクに触れて、法哲学者ラートブルッフへ与えたラスクの影響の具体的様子を生々しく伝えています。

「ラートブ ルヒはラスクがクーノフィッシャーの祝賀論文集に寄せた法律哲学の論文に大に影響されたものです。外にカウフマン教授もラスクに影響されたが、此頃は我々より離れつゝある様です。」(本文40頁)

 ハイデッガーの『存在と時間』の脚注における、ラスクへのさり気ない高評価を弊ブログ記事でも既に取り上げましたが、少なくともラスクを「ああ、新カント派ね。」という一言で片づけるのは後世の人間の知的怠慢という気がします。

 その一方で、著者北昤吉は、米欧の婦人たちとも自ら交流し、その知己を通じて、米国の東部エスタブリッシュメント、欧州の上層社会に、日本男子としては珍しく柔軟に入り込み、観察します。この点もこの紀行文の大きな魅力となっています。戦間期の欧州思想史、社会史、政治史に関心のある方なら、本書の各所に知的発見をされるでしょう。

 また、北一輝関連で関心をお持ちの方向けに、二・二六事件後、兄の北一輝が収監されていた時期の、北昤吉「兄北一輝を語る」の一文も収録しました。「一輝」の筆名の由来、「魔王」とも囁かれた兄の怪異な一面を冷静に記しています。もう一つ、戦後の日本国憲法制定のための帝国議会(衆議院本会議)での日本自由党代表演説を、著者の一面を伝えるために入れました。

 書影の画像ファイルのため、読みにくさは否めませんが、ある意味では、奇書ともいえる稀覯本です。ゆっくりご覧いただければ得るところ大と信じます。

■コンディションについて

『哲学行脚』は原本の状態が以下のように良くありません。
①傍線/書き込みがあります。読むのに差し支えはありません。
本文頁 45 64 70 74 75 93 94 95 97 100 198 324
②書き込みによって活字の判読が難しい箇所
本文頁  75 中の1字 → 「此」
③本文頁の隅が切れている箇所
本文頁 311 (後ろから4行の下部) ‐312 (前から3行の下部)
前後7行を全文復活させると下記にようになります。
「 私が始めて、戦後唯一の日本留学生として、講堂に臨んだ時には、先づ学生の服装の粗末なのに一驚を喫した。米国に於て、最も贅沢な学生の蒐まってゐたハーバード大学に学び、英国にて最も古典的なオックスフォード大学を見た眼が、此の地の大学生の生活の悲惨さに驚くのも当然すぎる。殊に、彼の入学した当時は、戦場より帰り来った学生多かった為めに、学生には多数の負傷者があった。或者は左手でノートを取り、或者は片眼で書物を見、さうして或者は顔面に弾傷や刀傷の痕跡を持ってゐた。親しくなった学生等からは、手や足の負傷の痕を見せられた。若き私講師の内にも、負傷者は決して少なくはなかった。私の家庭教師として、一年」

■ファイルに関して

①テキスト検索可能です。読者の任意のキーワード検索が可能となっています。ただし、画像ファイルであり、旧字、旧かな、また百年前の書記上の習慣等のため、検索にあたり工夫が必要です。とりあえず、いろいろ試してみて下さい。
例)哲学者 William James ⇒ 「ゼームス」
②PDFファイルの機能「しおり」が利用可能です。書籍上の目次をすべて電子化してありますので、「しおり」を開けば、目次上でランダムアクセス可能となっています。ご利用ください。

■販売サイトはこちらです(サンプルファイルもあります)

【電子書籍】北昤吉著『哲学行脚』大正15年新潮社 / DLmarket

※なお、下記の弊記事も御参照頂ければ幸甚。
戦間期の留学熱


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