知っていること、知らないこと
知識とはなんでしょうか。また、「知っている」とか「知らない」という状態は何を指していっているのでしょうか。以下では、それを考える際のきっかけとして試験的な議論を試みます。
完全なる「無知」とは、「知らないこと・を知らない」状態であると規定します。すると、「知、もしくは、知っている」という状態は「知っていることを知っている」状態と考えられます。そうすると、「無知」の状態から「知」の状態への移行には、二つの経路(path)があり得ます。
| 知らない | 知っている | |
| 知らないこと | 完全な無知 (A) | 問題の発見・設定(B) |
| 知っていること | 暗黙知、身体知 (C) | 有知(D) |
西欧出自の Science は、これまで、A→B→D、という経路をもっぱら扱ってきておりその面では目覚しい成果をあげてきましたが、 A→C→D という経路にはあまり注目してこなかった、のであろうと思います。数少ない例外が M.Polany でしょう。仏教の「悟り」は A→C という過程を表象したものと思われますし、「創発」という現象も C→D という過程に関わるものではないか、と今のところ考えています。
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コメント
渡辺様、コメントありがとうございました。興味深い現象ですね。「c→d」過程のよい例証だと思います。「a→c」で獲得した事柄は、「c→d」過程、つまり「気づき」を経て、言語化が可能となります。そのためには、自分の身体を一度認識対象にする必要があります。言うは易く行なうは難し、ですが、渡辺さんの言語表現理論には「c→d」過程、理論化のヒントがありそうです。
投稿: renqing | 2005年5月16日 (月) 10時56分
表現よみの認識過程を連想しました。いいヒントです。文学作品の表現よみでは、声に出してみてから、作品の理解を自ら自覚する過程があります。アタマからではなくカラダから入るオーラル・インタープリテーションとも言われます。目でよんで→カラダで感じて→声に出す――読んでしまってから、「ああ、自分はこの作品をこうとらえていたのだ」とわかるのです。
投稿: 渡辺知明 | 2005年5月16日 (月) 08時51分