《民主》→“民ガ主”か、“民ノ主”か(20221219補遺)
《民主》なる漢語を巡って、『広辞苑』編纂者の新村出が興味深い指摘をしている。
《 democracy 》の訳語として、《民主》が当てられ始めたのは、明治7年の頃。この訳語の意味は、“民ガ主”である。
しかし、《民主》なる熟語を中国古典に徴すると、既に『尚書』(五経のひとつ『書経』の別名)にみえるという。ところが、この場合の《民主》は、“民ノ主”で、民が属格( possesive, genitive )であって、《 democracy 》の訳語としての《民主》で、“民ガ主”、つまり民が主格( subjective )の用いられ方とはまったく逆になっている。
近代日本における訳語としての《民主》が、「民が主」に対して、中国古典における《民主》が、「民の主=君主」と、意味がまったく逆になっている、というわけである。
しかし、と新村はもう一ひねりする。中国古典における《民主》は確かに君主のことであるが、そこには民が主を選び定めるという文脈があり、民選的思想の現れだというのだ。
この項、さらに別途、書く予定。
参照
新村出『語源をさぐる』旺文社文庫1981年
上記、記事は、本書 p.200-202、を読まれたし。
※補遺 (2022.12.19)
顧炎武(1613-1682)は、概略こう言っている。
「国を保持するのは、その君主とその家臣のごとき上流階級が考えることである。天下を保持するのは、一人一人の人民が関与して責任を持たねばならないことなのである。」
参照 天下を保つ匹夫(顧炎武)/ Is Gù Yán wǔ a democrat?: 本に溺れたい
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