ALTO、XEROX、PARC、または、文化としてのPCの誕生
当時のXEROX経営陣は、PARC(パロアルト研究所)のいわばパトロンだった。しかし、PARCが生み出したALTOは、ペーパーレスの世界、電子文書の世界の先駆けになるのではないか、とXEROX経営陣は考えた。だとすれば、ペーパードキュメントの企業であるXEROX自らを逆に窮地においこむのではないかと彼らは危惧し、ALTOの商品化に消極的に対応した。そのため、嫌気のさしたPARCのメンバーの一部はAppleに移った。で、そのAppleからPCの文化が誕生した。もし、当時のXEROXが、自らの市場であるDocumentというものの概念を、ペーパーから電子上の情報まで拡張できたら、今頃、ソフトもハードも握った巨大企業になっていたかもしれない。
※この記事は、既存記事の内容を一部切り離し、改めて記事化したものです。元記事の内容が四方八方に広がっているので、タイトルだけでは内容の見当がつきにくいと考えました。二番煎じですが、何ほどかご参考にして戴ける方がいらっしゃれば幸いです。
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