プラトニック・ラブ/ Platonic Love
プラトンは古代アテネの風習通り、同性愛者であった。従って、プラトニック・ラブとは男性の同性愛のこととなる。
先日、車中のラジオで、下記のニュースを聞いた。
南アも同性婚容認へ=憲法裁が法改正を勧告 (リンク切れ)
で、イギリスで12月5日から、同性婚を認める法律が施行されるという。そんでもって、イギリス芸能界ではゲイ・カップルが続々とゴールイン。
エルトン・ジョンさん、長年のパートナーと12月21日に結婚(リンク切れ)
ジョージ・マイケル、「恋人」と同性婚へ=英 (リンク切れ)
思うに、イギリスとゲイ・カルチャーは、因縁が深い。それはパブリック・スクールの伝統とも関連するのだろう。私がすぐ思い浮かべるのは、経済学者J.M.ケインズ。ケインズが、ロシアのプリマ・バレリーナとヘテロ婚をちゃんと挙げたら、ごく近しいおばちゃんが「メイナードがやったことで最もよいこと!」と思わず洩らしちゃった、とか。チューリング・マシンで有名な数学者・論理学者アラン・チューリングは、当時の Homosexual Law で逮捕され裁判にかけられてホルモン療法をされてしまう。で、ほどなくして自殺(と思われているが正確には不明)。
文学者で有名と言えば、皮肉屋のオスカー・ワイルドにまず指を折る、か。次は、T.H.ロレンスあたり。ここら辺は、大橋洋一氏の卓抜な編集になる。
ゲイ短編小説集 (平凡社ライブラリー)
をお読み戴いた方がいいかも。日本でも十分成立する企画だが、さて誰が・・・。
漫画では、名作といわれる、
風と木の詩 (第1巻) (白泉社文庫)
だろうか。昔から気にはなっているが、手を出しかねて読むに至っていない。
さて、表題の、「プラトニック・ラブ」だが、当然、古代ギリシアは男性支配社会*で、男尊女卑の観念があれば必ずそれに対応してゲイの道は存在する。プラトンも美少年をいい子、いい子していたでしょう。うってつけの本は、
ケネス・ドーヴァー『古代ギリシアの同性愛』リブロポート (1984/12、ISBN: 4845701448)
で、当然のごとく、日本男児もゲイ大好きなわけで、特に、武士が威張ってくると、女は子孫生産マシーンという位置づけで、高尚な愛は男同士で語られることになる。戦国時代ともなると、いまや全盛となり、念者(ねんじや)=兄、若衆=弟、の間で、義理を重んじる衆道(しゆどう),若道(にやくどう)の登場と相成る。この時期やってきた、イエズス会の宣教師たちが口を極めて、悪習と非難しているのもむべなるかな。殿様のそばに侍っている美しく若い小姓(織田信長の森蘭丸とか)なんぞもだいたいその相手と思(おぼ)しい。徳川期になると一気にゲイカルチャーが開花して、陰間茶屋**などが繁盛してくるわけだ。
日本の伝統とか言って、武士道を宣揚される方や、褒め言葉で「古武士のような」とか使いたがる、そこのあなた。ご用心、ご用心。ヘテロじゃないと思われても抗弁できないかも、ですよ。 ふぉ-!!***
*参照
1)エヴァ・C. クールズ
ファロスの王国―古代ギリシアの性の政治学〈1〉岩波書店第1巻 (1989/11、ISBN: 4000020137)
2)桜井万里子『古代ギリシアの女たち―アテナイの現実と夢』(中公文庫)2010年
**《おかま》と鎌倉景政、も参照を請う。
***ちなみに、私は、少数者の権利としてゲイの自由を支持する。己の好き嫌いと別に、彼(彼女)の人権の抑圧は、明日は己に降りかかるからだ。
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コメント
うーん、私もしらないですが、憶測すれば、明治以降でしょうか。クーデタ政権は、条約改正のため、猛烈な、日常生活介入をしてますし。裸体の禁止とか。それで一緒に抑圧された可能性は高いですね。
投稿: renqing | 2006年1月 6日 (金) 03時37分
伊藤文學著『薔薇を散らせはしまい』(批評社刊)は、雑誌『薔薇族』への30年間の投稿の抜粋を載せた本ですが、社会の中で生きづらいあまり、内心の自由を押しつぶして結婚するという例が次ぎ次ぎ出てきます。
↑「儚い男色」という言葉に自己レスです。うしろめたさの裏返しとしての美化、であるように思います。井原西鶴の作品にあるように堂々とはしていない。ごく普通の男色が異端になったのはいつ頃からなのでしょうか。
投稿: はましま | 2006年1月 4日 (水) 15時06分
はましま さん、追記。
>なお、美少年ものとして人気があった竹宮惠子の『風と木の詩』は、同性愛というより子どもの性的虐待の連鎖、心的外傷を描いている作品であったと今では思っています。
なるほど、そういう見方もあるんですね。漫画に限らず、過去の作品で、今の噴出する日本の問題点から考えると、全く異なった読み方が可能なものがたくさんある気がします。敏感な作家たちは、それを指示する言葉を持たなくとも、絵や物語全体で、既にその所在を示していたかもしれません。
投稿: renqing | 2006年1月 3日 (火) 13時35分
はましま さん、どーも。
“The Great Mirror of Male Love”は、西鶴の『男色大鑑(なんしょくおおかがみ)』ですね。この作品は、浮世草子としての《男色物の濫觴(らんしよう)》とうたわれ、その後に多くの後続作品を生み,ゲイ文学という枠を超えて、近世文学史に大きな位置を占めるようです。
私も一つ、勉強になりました。ありがとうございます。
投稿: renqing | 2006年1月 3日 (火) 00時55分
書棚を探してみると、"International Gay Writing" Mark Mitchell,Penguin Book という本のなかに、日本人作家が二人、井原西鶴("The Great Mirror of Male Love"、何の本だろう?)と三島由紀夫("Confession of a Mask"、これは『仮面の告白』だな)が載っていました。
井原西鶴の『好色五人女』「おまん源兵衛」は男色にしか興味がない男性に恋したヒロインが、美少年に化けて思いを遂げるという話でした。男色も女色もあまり差別がない社会なのかと思います。
三島由紀夫の『豊饒の海』第二巻「奔馬」(海を前に松の木のもと昇る日輪を背に自刃することが生涯の夢だと語る主人公)とか、稲垣足穂『少年愛の美学』は、日本版アンソロジーがあったら入りそうな作品ですが、井原西鶴とは違い想像による儚い男色という気がします。
なお、美少年ものとして人気があった竹宮惠子の『風と木の詩』は、同性愛というより子どもの性的虐待の連鎖、心的外傷を描いている作品であったと今では思っています。
投稿: はましま | 2006年1月 3日 (火) 00時25分