石川淳『文学大概』中公文庫(昭和51年)
文章の形式と内容
一 書かれたことばのはたらき
二 文章を殺すもの生かすもの
三 文章の美について
短篇小説の構成
一 なにが作品の長さを規定するか
二 短篇とはなにか ― その名称のいろいろ
三 短篇の領域
俳諧初心
江戸人の発想法について
能の新作について
虚構について
雑文について
悪文の魅力
歴史と文学
文化映画雑感
ラゲエ神父
ことばと常識
牧野信一
あけら菅江
鴎外についての対話
ヴァレリイ
マラルメ
バルザック
スタンダル
アナトール・フランス
祈祷と祝詞と散文
二葉亭四迷
岩野泡鳴
岡本かの子
解説 丸谷才一
※この中で、注目すべき一文、というか、すでに高名な文は、「江戸人の発想法について」であろう。江戸文学に造詣の深い方なら、一度は読んだか、聞き覚えのある文だと思う。私は、この一文で江戸後期の庶民文芸への先入観を改めさせられた。例えば、以下のようなイメージを持っていたのである。
近代にはいってから高い評価を受けるようになった町人芸術は、ちょうど古代の物語がそうであったように、その当時においては、一時のなぐさみものにすぎなかった。文芸作者もみずから「戯作者」の名に甘んじ、読者の好みに迎合することを恥としなかったから、古代の物語の作者や、元禄時代の文豪たちのように、人生と真剣にとりくんで、内的情熱を傾けて創作に当たろうとするまじめさにとぼしかった。儒教的偽善道徳に拘泥せず、恋愛や性欲を肯定し、生きた人間感情を直視した点に、儒学者に見られない現実精神があらわれているけれど、封建的正統道徳と対決した上でそういう態度を選びとったわけではなく、表面的には封建道徳に調子を合わせて、木に竹をついだように「勧善懲悪」のかんばんをかけて弾圧を避けようとする傾向のあったのもみのがせない。高邁な思想がなく、現実への勇敢なとりくみにも欠けているとすれば、いきおい奇を追う傾向に堕するのはまぬがれがたい結果である。
家永三郎 『日本文化史』第二版 岩波新書 1982年 pp.208-209
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