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2007年3月23日 (金)

岡義武『山県有朋 -明治日本の象徴-』岩波新書1958(2)

 名著の誉れ高い本書が一昨年に復刊された(2005年)ことは、天下の読書子に朗報であり、まだ品切れでないことはさらに天恵と言ってもよかろう。新書の品切れ中、『岡義武著作集』第五巻(岩波書店1993年)として、単行本の形で復刊はされていた。ただ、なにしろ定価六千円である。あまり気軽に買える代物ではなかった。その単行本も今は品切れ。廉価に入手できることを愛書家とともに祝おう。

 英語のhistoryは、古代ギリシア語 historiaiに由来し、過去を探求することの意。そしてこの語は、フランス語に流入し、語頭の h が脱落、storyの源となる。つまり、歴史書には、それが過去を探求した記録であり、また同時に物語ともなっていることが求められるのである。

 ここに、この書が名著である所以がある。わずか新書202頁中に、山県の生涯と明治政治史を緊密に配し、間然するところがない。かつて三島由紀夫はよく推敲された文には遅滞がないと言ったことがある。本書がその見本と言える。品切れ中はこの新書に3000円もの相場がついた。品切れになる前に買うべし。

 この書を読んで意外なのは、薩長藩閥政府が衆議院に手を焼いていることだ。おそらくは、憲法で手足をしばり、選挙権、被選挙権に重大な制約をつけ、政府が〝力〟で威圧すれば、政府決定を正当化するだけの、イエスマンとなるに違いないと踏んでいたのだろう。ところがどっこい、これが存外しぶとい。その〝力〟の根源は、皮肉なことに明治欽定憲法第64条(政府予算の議会協賛要件)、第71条(政府の前年度予算執行権)、にある。何故か。それは、政府予算が様々な要因から必ず年々規模を拡大せざるを得ないからである。特に、陸海軍の拡張をしようと思えば、政府予算は膨張せざるを得ず、そのたびに、衆議院の顔色を伺わなければならないという羽目に陥るわけだ。

 また、内閣制が機能しているように見えるのも予想外。無論、内閣は議会に責任を一切負わず、各国務大臣が天皇に輔弼責任を負うのが憲法上の仕組みなのはご承知の通り。そもそも〝内閣〟および〝内閣総理大臣〟なる言葉がこの憲法条文中には一言半句ない。「告文」の最後、御名御璽のうしろに、堂々と「内閣総理大臣 伯爵 黒田清隆」と副署されているという珍妙さである。しかし、それにも関わらず、「内閣官制」という下位法によって運用され、結局、権力行使の主体と責任は内閣が負うことに事実上なっていた。これでは、国権主義的な立場からも、この憲法が constitution といえるか、疑問なしとしない。

 不満を述べれば、山県に肯定的な叙述のように読める点か。例えば、山県の権力中枢へのスプリングボード、その一切の源は、長州藩時代、松下村塾塾生であったという偶然と、なかんずく奇兵隊幹部であったというキャリアに負うといってよい。しかし、奇兵隊の創設者・プランナーは「維新」前年に病死した高杉晋作である。また、隊員のリクルーティングを実質的に成功させたのは、憤死した赤根武人(赤禰武人)他の、諸地方で人望を担っていた面々だ。特に、山県には、赤根武人と遺恨があるらしく、後の名誉回復運動時にも元老の身分で邪魔をしてる。なにしろ、「奇兵隊日誌」中の、英、仏、米、蘭の4国連合艦隊が下関を攻撃占拠した馬関戦争時の、その赤根武人が劣勢の中、奮戦活躍した部分が、紛失しているらしい。嫌疑は密かに山県にかけられているとの話も聞く。こういった山県の「闇」の部分に触れないのは、歴史家のものす評伝としていささか公正さを欠くと言えよう。それは結局、後世の史家に残されたままだ。

山県有朋: 明治日本の象徴 (岩波文庫)

〔目次〕
凡例

1.生い立ち
2.奇兵隊とともに
3.「一介の武弁」
4.組閣
5.日清戦争と第二次内閣
6.「元老政治」の中で
7.築かれた権力の座から
8.老い行く権力者の喜憂
9.晩年とその死
参考文献

※別に論じたものもあるので、ご参照戴ければ幸甚。
岡義武『山県有朋 -明治日本の象徴-』岩波新書(1)1958

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