色川大吉『自由民権』岩波新書 1981年
昨今、喧(かまびす)しいのは、〝改憲〟と〝防衛〟か。そんな折、本書が久かたぶりに重版されたのが一昨年(2005年)のこと。時宜にかなうものだろう。岩波新書編集部さん、クリーンヒット。
なぜ、時宜にかなうのか。それは、自由民権運動の眼目が、一つは〝国会開設〟であり、同時に〝憲法制定〟であったからである。また、本書第3章に見られるように、当時の国際情勢下における安全保障、ということも鋭く争点化していたからだ。
自由民権運動。それは、戦後が大きく屈折しつつある2006年に生きるわれわれにとって、重要な範例だ。その光も影も含めて。ましてや、その諸相が解明され、また教訓が汲み尽くされたとはとても言えまい。本書は、自由民権運動の全貌という大パノラマを、新書という制約の中にギリギリ凝縮した優れた啓蒙書であり、自由民権を初めとする民衆の近代史を生涯のテーマとした一人の研究者の志の書である。今、読まれるべき書だと思う。
本書第4章は、簡便な〝明治憲法〟成立史となっているが、そこで現代の国権主義者たちが二言目には言う「押しつけ憲法」の〝押しつけられ方〟につ いて興味深い解読を施している。この言い方で問題としなければならないのは、〝誰が〟〝誰に〟押しつけたか、ということである。〝明治憲法〟を振り返れ ば、薩長藩閥政府(=軍事クーデタ政権)が、民間の多様な制憲運動を力で叩き潰し、この列島の人々に問答無用で押しつけている。それなら、日本国憲法は、 大日本帝国政府(=明治クーデタ政権の後裔)がポツダム宣言を受諾後、連合国占領軍がこの政府に押しつけたのであって、この列島の人民に〝押しつけた〟と はいえない。なにしろ、GHQ案を〝押しつけられた〟政府は、明治憲法下での政府(幣原内閣)であり、人民が正当な手続きで選んだ政府ではなかったのだから。日本人は、この詭弁に騙されてはならない、という論法である。
第3章では、明治の民権家たちの安全保障構想、例えば常備軍ではなく民兵論、国際法に基づく安全保障、現在の国連に似た組織による主権制限を伴う 集団安全保障論、といった現今の議論と見紛うアイデアが既に百出しているのがわかる。ちなみに、当時、並行して薩長藩閥クーデタ政権側でも、陸軍内で、外征用常備軍論の山県有朋派と専守防衛・民兵論の反山県派の暗闘があり、山県の画策により反山県派は陸軍を放逐されている。
己や他者の失敗に学ばぬ者を愚者と呼ぶなら、自由民権の歴史的教訓に学ばぬ愚を再び犯してはなるまい。
〔目次〕
はしがき
序章 北の曠野から
第1章文化革命としての民権運動
1 士族民権家の役割
2 全国の裾野から ― 民権の潮
3 民権結社とはなにか
4 未完の文化革命
第2章国民的政党の成立
1 青春を捧げた遊説活動 ― 都市民権家の潮流
2 統一はならず - 自由党、改進党
第3章二つの防衛構想
1 常備軍ハ廃スベキ乎
2 集団安全保障の道
第4章自主憲法と押しつけ憲法
1 起草者たちの肖像
2 禁圧された自主憲法審議
3 欽定憲法から日本国憲法へ
第5章抵抗権の行使
1 いわゆる激化事件
2 加波山の挙兵と自由党の解党
3 秩父困民党の武装蜂起
第6章亡命民権家の戦い
1 カリフォルニア〝革命通信〟
2 国会開設前後
終章「民権百年」その光輝と敗北の教訓
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