嫁の持参金は夫のものか?〔1〕(古代ローマの場合)/ Does the wife's dowry belong to her husband? [1] (in the case of ancient Rome)
31 Ibi dos esse debet, ubi onera matrimonii sunt.
(パウルス・学説彙纂第2巻第4章第5法文)
「婚姻の負担が存在するところに嫁資が存在するべきである。」
嫁資 dos というのは聞きなれない言葉であるが婚姻のさいに、社会的な慣行にしたがって、女の側が男の側に持参する金銭その他のもののことである。婚姻にあたって妻が家長である夫または家長の夫権に服属する場合には、その女は実家における相続権を失うので、その代償として、財産をもたせてやるのが本来の意味であった。ところが、夫権に服属せず、従前のように実家の家長の家長権に服したまま婚姻に入る場合は、夫婦が家を別にしているのに、夫の側が婚姻費用を負担するという関係が生ずるので、嫁資はもとの意味を失って、その費用の分担という意味をもつようになった。これがこの格言の趣旨である。最初、嫁資は完全に夫の所有に帰した。
“ Dotis causa perpetura est. ”
(パウルス・学説彙纂第23巻第3章第1法文)
「嫁資の性質は永久的である。」しかし、共和政の終り頃から、離婚が日常茶飯となりはじめると、そのような取扱いは、再婚しようとする女にとってきわめて不利であったし、また夫が婚姻中に死亡した場合にも、妻が相続の上で優遇されなかったためもあって、嫁資が、婚姻解消後女やその設定者に返還されるように配慮され、その結果、嫁資は、夫の利得であるというよりも、むしろ、婚姻継続中に夫に信託されている財産にすぎないと考えられるようになった。そして、その返還を安全・円滑に行うために何種類もの巧妙な技術が何世紀にもわたって考案されている。妻の法律上の地位が劣悪であったにもかかわらず、社会的にはかならずしもそうでなかったのは、この嫁資の支えによるところが多い。
以上すべて、柴田光蔵 『 ローマ法の基礎知識 』 有斐閣双書(1973年) 、pp.133-4、より。
| 固定リンク
「西洋 (Western countries)」カテゴリの記事
- 薔薇戦争と中世イングランドのメリトクラシー/The War of the Roses and the Meritocracy of Medieval England(2024.11.28)
- 「産業革命」の起源(1)/ The origins of the ‘Industrial Revolution’(1)(2024.11.08)
- 比較思想からみた「原罪」(peccatum originale/original sin)| Original Sin from the Perspective of Comparative Thought(2024.10.31)
- 対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案(昭和十六年十一月十五日/大本営政府連絡会議決定)/Japan's Plan to Promote the End of the War against the U.S., Britain, the Netherlands, and Chiang Kai-shek 〔November 15, 1941〕(2024.06.02)
「文化史 (cultural history)」カテゴリの記事
- 20世紀におけるドイツ「概念史」とアメリカ「観念史」の思想史的比較 / A historical comparison of the German “Begriffsgeschichte” and American “History of Ideas”of the 20th century(2024.11.19)
- 金木犀と総選挙/ fragrant olive and the general election(2024.10.21)
- 虹 rainbow(2024.03.09)
- 河津桜(2024.03.03)
- 沢田マンション:日本の カサ・ミラ〔1〕/Sawada Manshon: Casa Milà, Japón〔1〕(2023.09.19)
「古代」カテゴリの記事
- 虹 rainbow(2024.03.09)
- 二千年前の奴隷解放令/ The Emancipation Proclamation of 2,000 years ago(2023.01.29)
- Women's Loyalty: Feminism in the Twelfth Century(2022.05.30)
- 女の忠誠心 十二世紀のフェミニズム(2022.05.10)
- 千年前のリケジョ(理系女子)/ A Millennial Science Girl(RIKEJO)(2022.03.14)
「書評・紹介(book review)」カテゴリの記事
- ドアを閉じる学問とドアを開く学問/ The study of closing doors and the study of opening doors(2024.10.27)
- 柳田国男「實驗の史學」昭和十年十二月、日本民俗學研究/ Yanagida Kunio, Experimental historiography, 1935(2024.10.20)
- リア・グリーンフェルド『ナショナリズム入門』2023年11月慶應義塾大学出版会/訳:小坂恵理, 解説:張 彧暋〔書評③〕(2024.09.23)
- リア・グリーンフェルド『ナショナリズム入門』2023年11月慶應義塾大学出版会/訳:小坂恵理, 解説:張 彧暋〔書評②〕(2024.09.18)
- リア・グリーンフェルド『ナショナリズム入門』2023年11月慶應義塾大学出版会/訳:小坂恵理,解説:張 彧暋〔書評①〕(2024.09.16)
「思想史(history of ideas)」カテゴリの記事
- 「資本主義」の歴史的起源/ The Historical Origins of “Capitalism”(2024.11.22)
- 「ナショナリズム」の起源/ The Origin of “Nationalism”(2024.11.21)
- 20世紀におけるドイツ「概念史」とアメリカ「観念史」の思想史的比較 / A historical comparison of the German “Begriffsgeschichte” and American “History of Ideas”of the 20th century(2024.11.19)
- 比較思想からみた「原罪」(peccatum originale/original sin)| Original Sin from the Perspective of Comparative Thought(2024.10.31)
- Michael Oakeshott's Review(1949), O.S.Wauchope, Deviation into Sense, 1948(2024.08.17)
「言葉/言語 (words / languages)」カテゴリの記事
- 20世紀におけるドイツ「概念史」とアメリカ「観念史」の思想史的比較 / A historical comparison of the German “Begriffsgeschichte” and American “History of Ideas”of the 20th century(2024.11.19)
- Words, apophatikē theologia, and “Evolution”(2024.08.26)
- 変わることと変えること/ To change and to change(2024.02.16)
- 「ノスタルジア」の起源(2023.05.08)
- Origins of 'nostalgia'.(2023.05.08)
「feminism / gender(フェミニズム・ジェンダー)」カテゴリの記事
- NYカフェで山下達郎/フレンチDJは竹内まりあがお好き(2022.11.03)
- Women's Loyalty: Feminism in the Twelfth Century(2022.05.30)
- For what purpose does our country go to war?, by Akiko Yosano, 1918(2022.05.19)
- 女の忠誠心 十二世紀のフェミニズム(2022.05.10)
- Seki Hirono and Feminism (2)(2022.05.08)
コメント