Mよ、地下に眠るMよ、きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。
すでに、読ませる他所様のblog記事(下記↓参照)が幾つもあるのだから、今更、私が書かなくともよさそうなもんだが、やはり自blogにも記録として遺しておきたい。
死者(特に戦死者)への鎮魂という行為がもしあるとすれば、一つのあり方だと思う。
********************************************************
死んだ男(鮎川信夫)
たとえば霧や
あらゆる階段の跫音のなかから、
遺言執行人が、ぼんやりと姿を現す。
――これがすべての始まりである。
遠い昨日……
ぼくらは暗い酒場の椅子のうえで、
ゆがんだ顔をもてあましたり
手紙の封筒を裏返すようなことがあった。
「実際は、影も、形もない?」
――死にそこなってみれば、たしかにそのとおりであった。
Mよ、昨日のひややかな青空が
剃刀の刃にいつまでも残っているね。
だがぼくは、何時何処で
きみを見失ったのか忘れてしまったよ。
短かかった黄金時代――
活字の置き換えや神様ごっこ――
「それがぼくたちの古い処方箋だった」と呟いて……
いつも季節は秋だった、昨日も今日も、
「淋しさの中に落葉がふる」
その声は人影へ、そして街へ、
黒い鉛の道を歩みつづけてきたのだった。
埋葬の日は、言葉もなく
立ち会う者もなかった
憤激も、悲哀も、不平の柔弱な椅子もなかった。
空にむかって眼をあげ
きみはただ重たい靴のなかに足をつっこんで静かに横たわったのだ。
「さよなら、太陽も海も信ずるに足りない」
Mよ、地下に眠るMよ、
きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。
*************************************************************
※参照
1)死んだ男/鮎川信夫 本記事での詩のソースはここに拠った。
4)思い出したことども 手前味噌で恐縮。
| 固定リンク
« 権力起源論としての「社会契約説」に対する二つの批判(1)/ Two criticisms of the "social contract theory" as a theory of the origin of power (1) | トップページ | 失敗からしか学びは得られない/ We can only learn from our mistakes »
「文学(literature)」カテゴリの記事
- Pathos(情念)の Logos(言葉/理性)による記述の可能性/The Possibility of Describing Pathos Through Logos(2026.06.08)
- 未来の他者性/The Otherness of the Future(2026.06.01)
- 人間の現実・行為の意味と「世界履歴」/Human Reality, the Meaning of Human Action, and “World Log”(2026.05.31)
- 「生成」から「形式」へ:20C.西欧思想における螺旋構造/From “Generation” to “Form”: The Helix Structure in Early 20th-Century Western Thought(2026.05.24)
- 石川 淳「江戸人の発想法について」昭和18年3月/ Jun Ishikawa, “On the Way of Thinking of the People of Edo,” March 1943(2026.04.13)
「日本 (Japan)」カテゴリの記事
- Frauen in den antiken und mittelalterlichen Zivilisationen und die kulturelle Besonderheit Japans(2025.11.17)
- Women in Ancient and Medieval Civilizations and the Cultural Uniqueness of Japan(2025.11.15)
- Alfred Schutz, "Some Equivocations of the Notion of Responsibility" (1957)(2025.06.02)
- アルフレッド・シュッツ「《責任》という概念におけるいくつかの曖昧さ」1957年(2025.06.02)
- 日米安保条約を解消すると浮く予算は?(2025.05.11)
「近現代(modernity)」カテゴリの記事
- アンテ・フェストゥム(ante festum)と techno-cult/ ante festum, or Techno-cult(2026.06.16)
- 朱子学的モダニティと《明治維新》/Neo-Confucian Modernity and the Meiji Restoration(2026.06.15)
- Machina ex Deus ――《神》仕掛けの《機械》、あるいは《神》と《人》の「とりかえばや物語」(2026.02.24)
- Machina ex Deus: A Machine Made of “God,” or a Tale of Substitution between “God” and “Human Beings”(2026.02.25)
- Franz Borkenau, Der Übergang vom feudalen zum bürgerlichen Weltbild (1934)Ⅰ [English article](2025.10.12)
「靖国神社」カテゴリの記事
- 菅内閣に任命拒否された日本学術会議新会員の推薦者リスト(2020年10月01日現在)(2020.10.02)
- 1945年9月2日日曜日(2020.09.02)
- Mよ、地下に眠るMよ、きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。(2007.11.01)
- 靖国史観マトリックス(2013.12.29)
- 賞典禄、あるいは「革命家」のボーナス(2)(2007.06.08)
「戦争 (war)」カテゴリの記事
- 「生成」から「形式」へ:20C.西欧思想における螺旋構造/From “Generation” to “Form”: The Helix Structure in Early 20th-Century Western Thought(2026.05.24)
- Bärte und Modernisierung(2025.09.29)
- Beards and Modernization(2025.09.29)
- 髭と Modernization(2025.09.29)
- Alfred Schutz, "Some Equivocations of the Notion of Responsibility" (1957)(2025.06.02)
「鮎川信夫 (Ayukawa, Nobuo)」カテゴリの記事
- 「世界はうつくしいと」長田弘 / I say the world is beautiful(Osada Hiroshi)(2022.06.19)
- いつも季節は秋だった(2018.11.09)
- Mよ、地下に眠るMよ、きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。(2007.11.01)
- 思い出したことども(2006.11.01)


コメント