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2007年12月 8日 (土)

homo homini lupus.「人間は人間にとって狼である」(ver.1.2)

 homo homini lupus. (ただし、動詞 est は普通、省略されている。)

 Man is a wolf to man.

「人間は人間にとって狼である」

 表題の言葉は、Hobbes の言として人口に膾炙している。

 それで、本当に Hobbes がそう書いているのか確認してみることにした。とりあえずは、下記で調べた。

 世界の大思想9 ホッブズ リヴァイアサン(国家論)水田洋・田中浩訳
 河出書房新社、1980年(新装版第3版)

 この邦訳に、8箇所、「狼」という語はでてくる。

  p.24、p.254、p.337、p.353、p.396(同頁に4つ)

 しかし、そこに表題の格言は見当たらない。これは、 Project Gutenberg の英文でも同じ(ここの底本はthe Pelican Classics edition of Leviathan)。少し調べると、どうも下記にあることは間違いなさそうだ。

De Cive 市民論』1642年 (英文 On the citizen)

  That Man to Man is a kind of God; and that Man to Man is an arrant Wolfe.

 ただし、原文はラテン語。ネット上のリソースでは、さすがにラテン語全文はなく、上記リンクの英語訳全文しかなかったので注意。

 そもそも、この格言そのものが Hobbes の創出になるわけでもない。

 柳沼重剛編『ギリシア・ローマ名言集』岩波文庫(2003年)、p.151

によれば、プラウトゥス『ロバ物語』(Plautus, Asinaria)にこの言葉がある。

 こうしたつまらないことでも、明確に書いてある文献がないと、調べるのにまあ苦労する。訳者たち、研究者たちにとり常識なのだろうから、一言触れておいてくれると助かるのだが。

 英文のLeviathan を読みたい方は、 Project Gutenberg の下記をご覧戴きたい。

Leviathan by Thomas Hobbes - Project Gutenberg

2007.12.09.追記
 ver.1.1は、文中に明示せず、改訂していたが、それだとどこが変ったのか、自分でもわからなくなるので、追記の形式で改訂を加えておくことにする。

1)Leviathan は、英語版(London,1651年)の他に、著者によるラテン語版(Amsterdam,1668年)がある。したがって、ラテン語の格言の引用なら ば、このラテン語版を調べる必要があるが、さすがにネット上での、ラテン語版リソースはちょっと発見できなかった。第一、私はラテン語など読めない。だか ら確定的とは言えないが、まあたぶん、Leviathan 上には、"homo homini lupus"という文言はないといっても大丈夫だろうと思う。Hobbes によれば、英語版に較べて、ラテン語版はイギリス特有の事情を、外国人がわかりやすいように削ったものらしく、Hobbes の言を信じれば異同はないと考えてもよさそうだ(本当か?)。

2)私が翻訳として利用した、河出書房新社、新装版第3版(1980年) は、一冊完訳本であり、岩波文庫の分冊形式よりも扱いが便利である。ただこの翻訳の最大の欠点は、索引がないことだ。したがって、記事中の「狼」の出現カ ウントについては工夫をした。ネット上の英語版テキストのリソースを、テキストデータに落とし、それをエディタの検索機能で調べた。そしてその対応物をこ の河出版で探したというわけである。
 大抵の「世界の名著」的なものは、ネット上に英語版もしくは、英語訳版があるので、出来のよくない索引を見るよりは、このほうが完璧に調べられる可能性が高い。諸氏もお試しあれ。

3) この河出版、致命的な誤植が少なくとも一箇所ある。p.485の、訳者の一人、水田洋の手になる「解題」である。こともあろうに、Leviathan 初版の書誌データを間違えている。それも発行年。そこには、「1615」と表記されているが、実際は「1651」である。私の手許にあるのは、1980年 第三版だから、1966年のハードカバー版から、延々20年間以上、直されずに来ていたのだろう。近時(2005年)、河出から再刊されたのは非常に良い ことだと思うが(残念なことに現在品切れ中)、旧来の組版をそのまま使っているなら、おそらくこの致命的誤植も直っていない可能性が高い。古書などでお求 めの方はご注意されたし。

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コメント

白崎さん、どーも。この、

世界の大思想9 ホッブズ リヴァイアサン(国家論)水田洋・田中浩訳
 河出書房新社、1980年(新装版第3版)

の凡例によれば、

序説
第一部 人間について
第二部 コモン-ウェルスについて
第三部 キリスト教のコモン-ウェルスについて
第四部 暗黒の王国について

のうち、第三部を水田洋氏が訳し、のこり全部を田中浩氏が訳出しているとあります。統一は水田氏、校正は田中氏、だそうです。

私が主に関心のある、

第一部第十三章人類の至福と悲惨にかんするかれらの自然状態について

を読む限り、常識的な現代日本語として素直に理解できます。例えば、

「こうして次のことが明らかとなる。すなわち、人びとは、すべての人を威圧しておく共通の力をもたずに生活しているあいだは、かられは戦争と呼ばれる状態にあるのであり、そして、かかる戦争は、各人の各人にたいする戦争なのである。」
同書、p.85上段

普通に読める現代日本語になっていると思いますね。これは田中氏の貢献なのでしょう。

水田氏の訳文に無理につきあうより、「日本の古書店」あたりで、1000円前後で売られている、この実質、田中訳をお手許に置かれることをお勧めします。

投稿: renqing | 2008年1月 5日 (土) 01時20分

ホッブズの「リヴァイアサン」は、水田訳をときどき、英文のオックスフォード世界古典叢書版のものと比べて読み直しているんですが、水田さんの訳は、きわめて分かりにくい。
誤訳とはいえない?かもしれませんが、日本語になってないんですよ。これは、あの誤訳さがしの名人、別宮貞徳さんも
水田さんの「国富論」を批判してますが、私も別宮さんに賛成です。しかし、学者のみなさんは、職業倫理にかけて、偽装翻訳本は出して欲しくないですね。うっかりミスならいいですが、自分で訳さないで院生に訳させて、知らん顔では、
赤福以下ですよ。

投稿: 白崎一裕 | 2008年1月 5日 (土) 00時30分

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