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2007年12月31日 (月)

羽入辰郎『マックス・ヴェーバーの哀しみ』PHP新書(2007年)(余計なお世話編)(2009/01/25追記)

 列島の戦国期から徳川初期の変遷を、社会組織原理の変遷で再解釈するために、戦国期に関する概説書を今日明日で読み切らねばならない、というのに、みすず書房版大久保訳の Marianne Weber"Max Weber: Ein Lebensbild" をチラチラ拾い読みをしてしまった。

 そこで少々気になった点があるので、注記しておこう。

 表題の羽入氏の著書で一つ勉強になった点は、このみすず版の「ウェーバー伝」には訳出されていない部分がチョコチョコあるということである(本書、p.38、pp.56-57)。正直、これはひどいと思った。羽入氏の指摘するとおり、訳者としては越権行為である。

 ただ、「訳者あとがき」を読むと、この翻訳には、住谷一彦、安藤英治という二名の優れた研究者が、ゲラ刷を原文と対照して校正していると記してある。 えっ、それなら、住谷、安藤という両碩学が、大久保訳の原文未訳出を黙認したのか、と一瞬考えざるをえない。しかし、安藤英治という激情タイプの「Weber命」という学者がそんなことを、それも隠微に認めるなどということは、俄かには信じ難い。私は、この、どうにもこうにも融通が利かない安藤英治という変人学者が大好きなのだ。

 で、もう少し落ち着いて「訳者あとがき」を読むと、小さく注記があった。

「本書の初版とこの訳書の底本とした第二版(1950年)との間には、異同があります。第二版では、初版から62ヵ所の削除を行っています。」みすず書房新装第一版(1987年)、p.541

とあるではないか。あれぇ、これは様子が変だ。すぐに「訳者あとがき」冒頭の底本についての書誌情報を見ると、確かに「Marianne Weber, Max Weber-ein Lebensbild. Verlag Lambert Schneider, Heiderberg. 1950 の全訳」とある。

 で念のため、このみすず書房版のタイトル・ページ裏面の翻訳底本表記を見ると、なんと、「Verlag von J.G.B.Mohr(Paul Siebeck)1926」、とある。あんた、これは反則だろう、と思わず叫んだ。この表記が、たんに第一版に関する情報記載としてわかるように書いてあるなら問題はない。しかし、翻訳でタイトルページの裏頁には、翻訳底本を記載するのがお約束だ。天下のみすず書房とあろうものが不可解な事をしたものだ。

 で、ハハーンと了解できた。私が憶測する、話の顛末を整理してみよう。

 マリアンネによる「ウェーバー伝」は、三つの版がある。そのうち、第二版は実質、the abridged version 縮約版なのだ。つまり、みすず書房の翻訳底本はこの縮約版ということになる。みすず書房版「訳者あとがき」注記にあるように、62ヵ所の削除程度だから、量的には大したことはないが、箇所によっては我々の Weber 理解に影響を生じかねない箇所もあるかもしれない。ま、それはともかく、みすず書房版には三名が関わっている。訳者・大久保和郎、校閲者2名・住谷一彦、安藤英治、である。彼らが全員知的誠実に「第二版」を訳出したとしても、そもそも底本が縮約版なので、少なくとも第一版と照合すれば、脱落・遺漏は62箇所発見されるに決まっている。その一方、このみすず書房版のタイトル・ページ裏頁の底本表記には、第一版が記載されている。とすると問題は、我等が羽入大先生は、三つ版のあるマリアンネ本のうちどれと照合したのか、ということになる。

 私の憶測では、文献学の専門家であらせられる羽入大先生は、みすず書房大久保訳と第一版(初版)を照合しているのではないか、ということである。もしそうであるなら、優れたドイツ語遣いでもあられる羽入大先生は、みすず書房版のドイツ語表記の底本記載に騙されたことになる。みすず書房も学術書翻訳出版の原則のルール違反をしているし、羽入大先生も若干粗忽者ということになろうか。ただし、以上は、あくまで私の推論に過ぎない。したがって、事実誤認があれば訂正するに吝かではない。ご指摘いただける方がおられれば大歓迎である。

 念のため、以下に「ウェーバー伝」の簡単な書誌情報を記載しておこう。

原タイトル
Marianne Weber, Max Weber: Ein Lebensbild

〔第一版〕
Verlag: J.C.B.Mohr(Paul Siebeck), Tuebingen. 1926

〔第二版〕
Verlag: Lambert Schneider, Heiderberg. 1950 ←縮約版、みすず訳書底本

〔第三版〕現行版(今、売られている版)。
Verlag: Mohr Siebeck, Tuebingen.
3 Auflage. 1984.
VII, 730 Seiten
ISBN 978-3-16-544820-7
Leinen
EUR64.00

〔2009.01.25追記〕下記もご参照を乞う。
みすず書房、における知的誠実性(1)
みすず書房、における知的誠実性(2)

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