安丸良夫『神々の明治維新 -神仏分離と廃仏毀釈- 』岩波新書(1979) (20230306 改訂)
1)著者について
著者は令名の高い思想史家です。特に、近世から近代にかけて、西暦で言えば、1800年代の日本についての考察で、ベーシックな業績を幾つも出しています。
2)内容
本書は、いわゆる「廃仏毀釈」として高校日本史で教えられてきたものが、文明開化における単なるエピソードではなく、日本人の心性に甚大な痕跡を残したものであることを、史実に沿って叙述したものです。「廃仏毀釈」についてその全体像をコンパクトにまとめたものは、本書が初めてだったように思いますし、現在でもおそらく新書サイズでは稀有ではないでしょうか。その意味では、「その時、いったい何がおきていたのか」を知るには、とりあえず、本書で十分です。また、明治維新、すなわち近代日本を再考するための必読書の一冊です。
3)「儒家神道」と、廃仏論、あるいは後期水戸学
本書で最も意外で印象的なのは、維新期の三十年前、諸藩における天保改革のプログラムの一環として寺院整理、淫祀破却が既に実施されていたことです。取り上げられた事例は、徳川斉昭らによる水戸徳川家と村田清風を中心とした長州毛利家です。付言すれば、本書記載外ですが、17世紀の「副将軍」保科正之も、それらの二百年前に、陸奥国会津領において寺院整理、淫祀破却を行っています。こういった先行事例の共通点は何か。それらを領導したのが「儒家神道」だと言うことです。
4)旧中国における「廃仏毀釈」
儒家たちによる仏教、淫祀邪教にたいする猛烈な攻撃は、この列島だけではありません。北宋末期の徽宗による祠廟政策も酷似しています。
※参照 溝口・池田・小島『中国思想史』東京大学出版会(2007年)〔p.103、137〕
5)読後一言
読了後、「日本人の精神史に根本的といってよいほどの大転換がうまれた」(本書pp.1-2)のは、うすうす了解できたのですが、著者が問題設定をしている、いったい「日本人の精神史的伝統の全体にどのような転換が生じた」(p.1)のかは、本書中に明確な記述が私には見出せませんでした。率直に言って、この深刻な問いへの応答は、詳細な史実の嵐の中で、見失われてしまった感が否めません。幕末維新期における“文化大革命”=「神仏分離/廃仏毀釈」、という奇怪な歴史のジグソー・パズルは、その最後のピースを、読み手自身が置かざるを得ないと思われます。またそのピースの少なくとも一つには、徳川日本における「儒家神道」のあり様というものが含まれていなければならないでしょう。
安丸良夫『神々の明治維新 -神仏分離と廃仏毀釈- 』岩波新書(1979)
目次
はじめに
Ⅰ 幕藩制と宗教
1 権力と宗教の対峙
2 近世後期の排仏論
Ⅱ 発端
1 国体神学の登場
2 神道主義の昂揚
Ⅲ 廃仏毀釈の展開
Ⅳ 神道国教主義の展開
1 祭祀体系の成立
2 国家神の地方的展開
Ⅴ 宗教生活の改編
1 〝分割の強制〟
2 民俗信仰の抑圧
Ⅵ 大教院体制から「信教の自由」へ
1 大・中教院と神仏合同布教
2 「信教の自由」論の特徴
参考文献
【追記】下記の書もある由。未見。参考まで。
ジェームス・E・ケテラー(岡田正彦訳)『邪教/殉教の明治』ぺりかん社(2006)
James Edward Ketelaar, Of Heretics and Martyrs in Meiji Japan, Princeton UP(1993)
【補記 20210216】本記事改訂版を新記事として投稿しました。ご参照頂ければ幸いです。
幕末維新期における“文化大革命”/ The "Cultural Revolution" at the end of Tokugawa Japan: 本に溺れたい
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コメント
まつもとさん
江戸人の眼前にあった世界は、すでに「我ら失いし世界」です。これと別の仮構が、明治の御世に捏造された可能性が大きいと思います。
投稿: renqing | 2008年6月21日 (土) 10時16分
そうですね。人びとにとってはここでそれまで同居していたお寺と神社、「公方様」でひとまとめだった幕府と朝廷がはっきり別物になったわけですから、政治思想における転換点でもあったわけですよね。
考えてみると、江戸時代の大名に取って京都から正室を迎えるのはごく当たり前だったので、和宮降嫁も公武合体もその延長線上で、驚天動地のことではなかったに違いありません。
投稿: まつもと | 2008年6月21日 (土) 02時28分