佐藤誠三郎「近代化の分岐 ― 李朝朝鮮と徳川日本」(1980)
佐藤誠三郎「近代化の分岐 ― 李朝朝鮮と徳川日本」(1980)
■内容目次
1.朝鮮と日本を比較する意味
2.朝鮮と日本の類似点
3.西洋列強への対応
4.分岐の諸要因
5.ギャップの拡大
■著者の執筆動機
日本は、同質的である、とか、農耕民族である、とか、世俗に流布している乱暴な「日本論」において必ず言及される独自性の要素は、実は、朝鮮も極 めて似ている。それにも関わらず、日本と朝鮮の歴史の歩みはかなり異なる。特に、その近代史のコースは全く対照的である。その理由を探る。
■類似点
朝鮮と日本の自然環境は近い。したがって、稲作が古来中心といった点は同じ。国土サイズも北海道を除けば大差なし。歴史の連続性が顕著なのも同じ。
実は、西洋列強への対応においても、ミクロで観察すると良く似ている。
朝鮮 | 日本 |
衛正斥邪 | 尊王攘夷 |
東道西器 | 和魂洋才 |
文明開化 | 文明開化 |
兪吉濬 | 福沢諭吉 |
大院君の王権強化策 | 維新政権の武士特権の廃止 |
■近世における分岐点
①ナショナリズムのあり方
中華文明への対応として、朝鮮は大陸中国での華夷変態(清朝中国の成立)を期に、中華意識を高め、清朝さえ「夷狄」とし、西洋への窓を開こうとしなかった。日本は中華の普遍化をなしとげ、西洋を価値的にも受容するキャパシティを有した。
②統治構造と統治エリートのあり方
朝鮮では、王政と科挙官僚制の組み合わせによる中央集権国家のため、国制上も、思想上も、全国一元的支配を実現しており、政争は常にイデオロギー闘争と党派間闘争となり、血で血を洗う抗争となりがちだった。日本では、幕藩体制と身分制の組み合わせにより、
多元的支配となり、ルーズな反面、政争がイデオロギー闘争に結びつかず、儒家思想をベースにした思想の多様化が事実上実現されていた。
③市場社会の現われ方
市場社会は、徳川日本のほうが李朝朝鮮よりかなり成熟していた。
■結語
西洋列強への対応において、李朝朝鮮と徳川日本との「業績」には明瞭な差があった。しかし対応のパターンについてみれば、 すでに述べたように、両者はむしろ類似していた。したがってもし朝鮮が、日本や中国よりも早く(少なくとも同時に)近代化を開始していたら、事態は、現実におこったものとはおそらく非常に違っていたであろう。しかし朝鮮における近代化のための改革の最初の本格的試みであった甲申政変は、中国における同治中興よりは22年後に、そして日本の明治維新よりは18年後に、おこなわれた。このわずかのおくれが致命的であった。佐藤書、p.53
■評価
日本人研究者による系統立てた李朝朝鮮と徳川日本の比較近代史であり、概観を得るのに非常に便利。
李朝朝鮮はその見事な中央集権国家ぶりから、西洋型の主権国家への衣替えは、多元的・分権的徳川日本より、かえって容易だったのではないか、と思う。ただその反面、清朝に比べるとかなり小規模国家だったため、習俗まで含めた社会の徹底した儒教化が昂進し、国制そのものが硬化してしまった面は否めない。それは、明治維新より4年早かった、大院君の王権強化策としての「維新」が結局挫折してしまったことを思えば了解できるだろう。佐藤氏の先の結論には、もう少しそのことを支持する有力な証拠が必要だと思う。
結論部分に異論はあるが、論文そのものは面白かった。必読。
佐藤誠三郎『「死の跳躍」を越えて―西洋の衝撃と日本―』千倉書房(2009年)、p.37~p.57、所収
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