末木文美士『近世の仏教 華ひらく思想と文化』吉川弘文館2010年(後編)
私がこの末木氏の新著に不満を持つのは、下記のような視点が欠けているように感じるからである。
寺院や僧侶が、死者の葬送と供養とを主たる任務するようになったことは、仏教の本来の精神には反しているかもしれないが、それによって人々が、死後の世界における自己の運命について安心することができ、その意味において現在の自己を、既に救済された存在として意識することが可能になったとすれば、それは宗教的にかなり重要な意義を持つことであったといえるのではあるまいか。
尾藤正英『江戸時代とはなにか』岩波書店(1992)
、p.132
尾藤の指摘を別の面から述べている論者もいる。
①さて、このようなチベットの文化にはぐくまれたヒマラヤの王女たちが特に私を驚かせたのは、その自由、闊達な行動、思考である。仏教の倫理、道徳というものがいかに女性をのびのびさせるかは驚嘆に値する。そしてまた彼女らは厳しい高原の生活、ヒマラヤ越えに鍛えられ、乗馬は誰でも日常茶飯事であり、驚くほど活動的である。p.92
②私は彼女らの聡明な瞳にチベット文化の強い伝統が脈々として流れているのを見、ラマ教文化というものがいかに文化として高度で強いものであるかを知るのである。それはチベット古典を読んで見出すあの仏教哲学の高度な展開にも知ることができるし、ヨーロッパのゲルマン系の諸国と殆んど同じ長さをもつチベットの歴史の長さをもあらためて思うのである。p.88
①、②ともに、中根千枝『未開の顔・文明の顔』中公文庫(1990)
、元版は、1959年発行。
ひと言で言えば、仏教が列島の近世史において、いかに「野蛮から文明へ」というものに貢献したかの議論、いわば《仏教の文明化作用》に対する考察が貧弱だと思うのだ。
換言すれば、室町末期の、飢餓と殺人と死体が日常化した戦国期、一旦野蛮化せざるを得なかった列島住民のメンタリティを癒し、平和とリテラルなものへ志向させた、その近世での様相を私は知りたかった。
しかし、この末木氏の新著は、儒家思想に対抗する仏教思想の独自の展開へとズレてしまい、庶民に普及した(おそらく武家にも)、仏教倫理、仏教的心性への考察とはなっていない。本書後半の「信仰の広がり」の部分をもっと開拓してもらいたかったというのが私の偽らざる気持ちである。そこに250年続いた「徳川の平和」の理由の一端も見出せるのではないか、
これらの歴史的消息が判明すれば、明治初期の《文化大革命》、「神仏分離・廃仏毀釈」が担った、当時の列島住人の精神破壊の深度を理解する手がかりとなったはず。この点が最も残念なところだ。
末木文美士『近世の仏教 華ひらく思想と文化』吉川弘文館2010年(歴史文化ライブラリー300)
*本書評の前編もご参照されたし。
**本書評の番外編もご参照されたし。
***下記も参照されたし
①安丸良夫『神々の明治維新 -神仏分離と廃仏毀釈- 』岩波新書(1979) (ver.2)
②「文明」再考
③渡辺浩『日本政治思想史 ― 十七~十九世紀』東京大学出版会(2010年)(番外編)
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コメント
投稿者 様、コメントありがとうございます。
>誰でも、普通に考えれば、同じことを思うのだ
はい。全く同感。江戸儒学史の尾藤正英氏でさえ、上記のごとくですから。
本記事と同工異曲ですが、多少変奏した記事が2本あります。ご笑覧いただければ、幸甚。
①渡辺浩『日本政治思想史 ― 十七~十九世紀』東京大学出版会(2010年)(番外編)
https://renqing.cocolog-nifty.com/bookjunkie/2010/10/2010-5923.html
②末木文美士『近世の仏教 華ひらく思想と文化』吉川弘文館2010年(番外編)
https://renqing.cocolog-nifty.com/bookjunkie/2011/05/2010-a846.html
①の記事は、本記事にリンクを付け忘れていたました。コメントして戴き気付きました。感謝です。
投稿: renqing | 2011年10月24日 (月) 00時09分
近世仏教が専門の思想史研究者です。仰る通りと思います。こうしたことを、従前より考えておりまして、今、始めているところです。
通説の思想史はあまりに遅れており、書かれておられるように、「儒学が近代化」と丸山眞男のオウム返しをいまだ疑問無く言っている状況ですので、現実にはなかなかしんどいところですが。もう彼らが意味のある何かを社会に提出することは、ムリだと思っています。
ともあれ、粛々と進めます。誰でも、普通に考えれば、同じことを思うのだ、と励まされて嬉しかったです。お礼まで。
投稿: | 2011年10月23日 (日) 12時13分