川北稔編『知の教科書 ウォーラーステイン』講談社選書メチエ(2001年)
目次
プロローグ ウォーラーステインと現代世界
生い立ちと思想(山下範久)
ウォーラーステインのキーワード
1.「帝国」と「世界経済」(川北稔)
2.「中核」と「周辺」(川北稔)
3.ヘゲモニー(川北稔)
4.反システム運動(山下範久)
5.長期波動(山下範久)
三次元で読むウォーラーステイン
1.イギリス風朝食の成立―庶民生活史のためのウォーラーステイン(川北稔)
2.オランダのヘゲモニー(玉木俊明)
3.世界システムと帝国主義論(平田雅博)
4.アパルトヘイトとウォーラーステイン(堀内隆行)
5.アジアからみた世界システム論―インド洋世界をめぐって(脇村孝平)
6.現代日本とウォーラーステイン(山下範久)
作品解説
エピローグ ウォーラーステインの魅力
索引
著者紹介
■内容
面白かったのは、「三次元で読むウォーラーステイン」のみ。そこに絞る。
1.イギリス風朝食の成立―庶民生活史のためのウォーラーステイン(川北稔)
p.93
「この意味でも、イギリスにおける世界で最初の産業革命は、近代世界システムのうえにこそ成立したのであって、イギリス農民だけが「勤勉」で「合理的」でだったから起こったのではない。」⇒ウェーバー仮説への反論か?
p.97
「イギリスは、産業革命に成功したから世界帝国になったのではない。話は反対で、世界システムの中心に坐ったから、産業革命に成功したのである。」
p.98
「こうしてみると、都市の労働者の生活は、批判はあっても、「砂糖入り紅茶」のような、まさに世界システムの作用に依存することでしか成立しにくかったのである。七年戦争で敗れて世界システムの主導権を失ったフランスが、「世界で最初の産業革命」を起こせなかったのは当然である。」
p.101
「したがって、綿織物業から考えても、イギリスで世界で最初の産業革命がおこったのは、世界システムのなかにおけるイギリスの立場があったからこそである。イギリス国内の事情だけで、それを説明することは不可能である。」
参照→「イギリスはアメリカに自生していた繊維の細くて長い綿花を発見し、これを細糸につむぐ機械を次つぎに発明する。そしてほぼ一世紀の年月をかけてインド木綿の完全な模倣に成功した。この過程が産業革命にほかならない。」
川勝平太「海洋アジアから見た歴史」、川勝平太・濱下武志編『海と資本主義』東洋経済新報社(2003年)
、序章p.11
2.オランダのヘゲモニー(玉木俊明)
Ⅰ.労働生産性の圧倒的に高い産業群(農漁業、繊維業、造船業、海運業、保険業、金融業)
理由
①少ない人口(p.111) 1650年ごろ 蘭約150万人 英約550万人(※徳川日本約2200万人)
②労働節約的な技術革新←応用科学の発展、学芸自由なカルチャーによる亡命知識人の流入(p.114)
Ⅱ.人口流入(p.107)
①高賃金(p.115)
②宗教改革と宗教戦争←プロテスタント・ネットワーク(p.120)
Ⅲ.ヨーロッパ経済におけるアムステルダムの卓越した地位
①アムステルダム振替銀行(p.112)
②ヨーロッパ物流の一大集散地←海運業、倉庫業の発展
Ⅳ.金融財政コンプレックスの存在(p.116)
■評価
1.イギリス風朝食の成立―庶民生活史のためのウォーラーステイン(川北稔)
①イングランド産業革命、またはイングランド資本主義の発展は、そのイングランドの世界システムにおけるヘゲモニーの結果であり、原因ではない、は説得的。しかし、では、イングランドのヘゲモニーの理由は?、というと議論がない。特に、イングランド国家の役割(イングランド国制史)については、ノーコメントに等しい。
②ウェーバー仮説に対する反論はよいとしても、やはりイングランド人の心性史、イングランド人のエートスの変化については、イングランド人の「成長パラノイア」化への議論との関連で、検討が必要だろう。
2.オランダのヘゲモニー(玉木俊明)
①初期近代のヘゲモニー国家・オランダに関する、簡にして要を得た優れた論説になっている。玉木俊明著『近代ヨーロッパの誕生』講談社選書メチエ(2009年)、の適切なサマリーにもなっている。
②イングランド名誉革命による、蘭英コンプレックス(蘭英の同君連合国家)への視点が欠落している。そのためオランダからイングランドへのヘゲモニー遷移の説明が弱い。
※総合評価
世界システム論に対して、概観を得るにはもってこいの本。推奨。
また、世界システム論の理論的説得力の根底に、梅棹忠夫の「系譜論」と「機能論」でいう、「機能論」要素があることが理解される。ただし、世界システム論者に、世界システム論にそういう理論的特性があることはあまり明確に意識されていない。したがって、ミュルダールの累積的因果関係論(藤田菜々子「ミュルダールにおける累積的因果関係の理論」参照) や、塩沢由典の「ミクロ・マクロ・ループについて」の議論との理論的親近性に関しても理解されていない。
その理論的自覚のなさが、世界システム論に対する一種の警戒感(すべてを説明する理論は何モノをも説明しないのではないか)を引き起こしている。
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