川北稔『イギリス近代史講義』講談社現代新書(2010年)〔その6〕
■Max Weber を巡る「東大 vs. 京大」
京大系の西欧経済史の人々には、東大系の大塚史学への反撥があるためか、あえて言えば、 Max Weber の過小評価への歪みがある。それはそれでかつての「聖マックス」幻想という「呪術の園 Zaubergarten からの解放」的な効果はあった。しかしそういったことも今では昔語りだ。それなら、気兼ねなく、Weber の業績のうち、使えるものは多いに使わせて貰うにしくはない。
■成長パラノイアの mentalité
本書でも、川北氏は思い出したように、Weber への揶揄を書いている(p.84)。しかし、この本の最大の主張である「資本主義とは成長パラノイアの別名である」というテーゼに関し、その起源を探るとき、Weber はなかなか参照に値するのではなかろうか。
というのも、本書における川北氏のその探求は、マクロ的には主権国家間の競争、ミクロ的には、17~18世紀にかけて隆盛を誇った、「政治算術(Political Arithmetic)」との関連を指摘するにとどまっている。しかし、それは、「なぜ西欧だけに、主権国家群が現われたのか」、「反転労働供給曲線が反転しなくなるのはいつごろで、何を背景としたものなのか」といった問いかけには、まだうまく答えられていない。
一方で、以下のような興味深い記述がある。
今日の合衆国のように全国民の幻想が、ただ数量的に大きいものに向けられている所では、そうした数字のロマンティシズム(Zahlenromantik)は抗し難い呪力をもって商人の中の「詩人」に働きかけるのだ。
マックス・ヴェーバー著大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』岩波文庫(1989)、p.80
賢明なる読書子なら既にお気づきであろう。Weberの言う、「数字のロマンティシズム(Zahlenromantik)」とは、まさに川北氏が語られるところの合衆国版「成長パラノイア」そのものなのである。ここから伺える問題設定は、「成長パラノイア」誕生にまつわる合衆国の寄与如何、であろう。本書はイギリス近代史をテーマとしているので、米国を語る訳にはいかないだろうが、それにしても資本主義の心性史における北米合衆国の影響は我々が感じている以上のものがあるのかも知れないのだ。また、近世西欧の主権国家群の誕生は明らかに宗教改革という西欧初期近代史における大混乱と選択的親和関係を示している。
以上のように、川北氏が抉り出そうとする「成長パラノイア」というメンタリティこそは、Max Weber 的アプローチにピッタリなテーマなのではないだろうか、というのが私の率直な感想である。
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