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2013年4月 7日 (日)

幕末の議会思想小史(20180307PDFファイルを追加)

 渋沢栄一が自ら共著者となり、私費を投じて大正七年(1918)に刊行した『徳川慶喜公伝』全八巻は、優れた伝記として既に評価を受けて今日に至っている。しかし、何分にも本文四巻、資料編四巻全八巻という代物なので、歴史研究者か、よっぽどの好事家でもないかぎり、読了することは至難の業というべき。

 しかし神の思し召 しか(笑)、ここにもデジタル化の恩恵はやってきていて、平凡社版の本文全四巻が電子テキストとしてアクセス可能となっている(ただし有料→ジャパンナ レッジ)。

 なんで今さら『徳川慶喜公伝』かと言えば、少し別件の行きがかりがあり、幕末に36歳で憤死した赤松小三郎(信州松平家家臣)という英才を調べたとこ ろ、この渋沢の大著にヒットした訳である。そして、その箇所がなかなか簡潔な徳川末期の議会思想の叙述になっていることを今さらながら発見した。

 幕末の議会思想に関しては、既に、

江村栄一『憲法構想』(日本近代思想大系9)岩波書店(1989年) 、解説 江村栄一「幕末明治前期の憲法構想」
坂野潤治『日本憲政史』東京大学出版会(2008年) 、第一章 幕末議会論
坂野潤治+大野健一『明治維新 1858-1881』講談社現代新書(2010年) 、第1部4-1封建商社と封建議会1858-68)

などで、比較的容易にたどることはできる。しかし、それでも先人の業績には敬意を払うべきだと思うので、漢文調の古色然とした文だが拙ブログにリライトして掲載することにした。

 こんな形ではあっても、改めて諸氏の参考に供することが出来れば草葉の渋沢も喜んではくれるのではなかろうか。平凡社東洋文庫版では下記の箇所である。また引用文中のカラーフォントは引用者がつけたもの。一応の目印として。

渋沢栄一『徳川慶喜公伝』(4)、平凡社東洋文庫107 、pp.39-41

下記の箇所を、国会図書館で公表されている(著作権フリーの)デジタルライブラリから切り出し、PDFファイル化しました。ご利用下さい。

「kougiseitaikibou.pdf」をダウンロード

公議政体希望の思想

按ずるに、公議政体の論は其由来する所久し、初め嘉永六年米艦の渡来するや、幕府は其国書を諸大名・諸有司に示して広く意見を徴したり、これ国家の安危に関する大事について、公議輿論を重んずる思想の事実に顕れし嚆矢とすべし。尋(つい)で、安政元年阿部伊勢守が烈公に示したる幕政改革案の中には、新たに一局を設け、諸藩の俊才を此に集めて、国事諮問の機関たらしめんとせること見えたり(水戸藩史料)、実行の運びには至らざりしかど、此思想の発展漸く急なるを察すべきなり。まして文久・慶応の交に至りては、海外の事情に注意する者多かりければ、欧洲に行はるゝ議院制度の如きも、やゝ伝聞する者あり、天下の公論を以て天下の政治を行はんとの思想は、漸く識者の間に普及せるものゝ如く、文久二年横井平四郎(時存、小楠と号す)は、「大に言路を開き、天下と与に公共の政をすべし」と建言し(小楠遺稿)、慶応二年の春、大久保一翁(忠寛)は、「大小の公議会を設け、大公議会は全国に関する事件を議し、小公議会は一地方に止まる事件を議する所とし、其議場は、前者は京都或は大坂に置き、後者は江戸其他各都会の地に置くべし。又大公議会の議員は諸大名を以て之に充て、内五名を選びて常議員とし其他の議員は、諸大名自ら議場に出づるも、管内の臣民を選びて出場せしむるも妨げなきことゝすべし。五年に一回之を開き、臨時議すべき事件あらば、臨時にも開くべし。小公議会の議員・及会期は、之に準じて適宜の制を定めん」と論じたり。其頃仏人モンブランは薩藩士に語りて、「上下両院の制を設け、上院は公卿・諸大名、下院は諸大名の家臣集会して国事を議定し、斯くて天皇に奏聞して天下に施行すべし」といえる由も伝はれり(続再夢紀事)。横井平四郎も亦、「大変革の時節なれば、議事院を建て、上院は公武御一席、下院は広く天下の人才御挙用あるべし」と建言せり(小楠遺稿)。同三年上田藩士赤松小三郎が越前藩に提出せる意見書にも、「大君・堂上・諸大名・旗本の中より六人択びて、主上輔佐の宰相たらしめ、内一人は国政を総理し、他は銭貨出納・外国交際・海陸軍・刑法・租税を分掌し、其以下の諸官も、門閥を論ぜずして広く人才を採用し、万機悉く朝廷より出づべし。又別に議政局を設け、之を上下の二局に分ち、下局は国の大小に応じて、諸国より道理に明なる人を、自国・及隣国の入札にて凡そ百三十人を選出し、其三分の一は常に都府に駐在せしめ、年限を定めて勤めしむべし。上局は堂上・諸大名・旗本の中にて、入札を以て凡そ三十人を選び、交代在都して勤めしむべし。国事は総べて此両局にて決議の上、天朝へ建白し、御許容の上、天朝より国中へ命じ、若し御許容なき箇条は、議政局にて再議し、愈(いよいよ)公平の説に帰すれば、此令は是非とも下さゞるを得ざる旨を天朝に建白して、直に議政局より国中に布告すべし。両局人選の法は、門閥・貴賎に拘(かかわ)らず、道理を明辯して私なく、且人望の帰する人を公平に選ぶべし。又其局の主務は、旧例の失を改め、万国普通の法律を立て、并に諸官の人選を司り、万国交際・財貨出入・富国強兵・人才教育・人気一和の法律を立つるを掌(つかさど)る」とあり(続再夢紀事)。是等は其細目に差異はあれども、竜馬の公議政体論と其揆(そのき)を一にするものにして、蓋(けだ)し気運の然らしむる所、欧洲思想の模倣とのみは言ふ能(あた)はざるなり。

〔参照1〕大久保忠寛、赤松小三郎の議会論の原文を読みたい場合は下記の史料集、1幕末維新期の立憲制論、の箇所を参照。
江村栄一『憲法構想』(日本近代思想大系9)岩波書店(1989年)

〔参照2〕横井小楠「国是七条」、赤松小三郎「御改正之一二端奉申上候口上書」、坂本龍馬「船中八策」を、掲載している素晴らしいHPがあります。下記。
経緯愚説・国是七条・御改正之一二端奉申上候口上書・船中八策

〔参照3〕NHK「八重の桜」に登場する八重の実兄山本覚馬の新国家構想「管見」は、同志社のデジタル・アーカイブにあります。下記。結構なボリュームです。
「貴重書デジタル・アーカイブ」: その他(和書・踏絵)

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コメント

ついでに。

国立国会図書館近代デジタルライブラリー
http://kindai.ndl.go.jp/

で、詳細検索ウィンドウにて、「赤松小三郎」を検索したところ、次の4点がヒットしました。既にご存知の向きもあろうかと思いますが、念のため。

①赤松小三郎先生
藤沢直枝 編 (信濃教育会小県部会, 1917)

②郷土先賢遺文
信濃教育会埴科部会 編 (信濃教育会埴科部会, 1940)
目次:赤松小三郎に贈る

③信濃之人
信濃史談会 編 (求光閣書店, 1914)
目次:上田 赤松小三郎

④小学国史教授用郷土史年表並解説 図書
更級郡教育会 編 (更級郡教育会, 1937)
目次:上田藩士赤松小三郎洋式教練を研究す

投稿: renqing | 2013年4月 9日 (火) 02時03分

こちらこそ、宜しくお願い致します。

投稿: renqing | 2013年4月 9日 (火) 02時00分

 たびたびTBをいただき感謝申し上げます。興味深く拝読させていただいております。
 すばらしい記事をアップして下さりありがとうございました。渋沢栄一の『慶喜公伝』、飛鳥山の渋沢栄一記念館に陳列されているのを見たくらいで、中身を読もうと思ったことは全くありませんでした。あんなことまで詳細に書いてあるとは、さすが渋沢栄一ですね。しかも実に公平な記述だと思いました。
 とくに、「蓋(けだ)し気運の然らしむる所、欧洲思想の模倣とのみは言ふ能(あた)はざるなり」という一文には拍手喝采を送りたいです。この一文は、渋沢栄一がぜひ書くようにと指示したのかも知れませんね。

 横井小楠にしても赤松小三郎にしても、決して西洋思想の受け売りではありません。

 http://www.max.hi-ho.ne.jp/nvcc/CH1.HTM
↑ 紹介して下さったこのサイトもすばらしかったです。私は、2010年3月に「赤松の建白書をネットで読むことができない」とボヤキながら紹介記事を書きました。上記サイトは2010年11月にアップして下さったとのことです。私のボヤキが通じたのかどうか分かりませんが、大変にありがたいことでした。
 こうして見比べると、「船中八策」と呼ばれる文章の由来がはっきりするかと思います。

 なお、国立国会図書館の近代デジタルライブラリー↓
http://kindai.ndl.go.jp/
 に、越前藩の続再夢紀事も、全文のデジタル資料が公開されておりました。これで慶応3年5月17日を見れば、赤松建白書の原典も読めます。
 ついでに『慶喜公伝』も検索したら、すでに公開されていました。

 つい最近公開されたようです。ごく一部の歴史学者ばかりが目を通していたような貴重文献に、一般人も簡単にアクセスできるようになったのは、画期的なことですね。デジタル化の恩恵はすごいものです。

 それでは今後ともなにとぞよろしくお願いいたします。

投稿: | 2013年4月 8日 (月) 23時33分

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