存在するものは「知り得るもの」だけではない(5)
■桜の木の色
私はその話*を聞いて、体が一瞬ゆらぐような不思議な感じにおそわれた。春先、もうまもなく花となって咲き出ようとしている桜の木が、花びらだけでなく、木全体で懸命になって最上のピンクの色になろうとしている姿が、私の脳裡にゆらめいたからである。
花びらのピンクは、幹のピンクであり、樹皮のピンクであり、樹液のピンクであった。桜は全身で春のピンクに色づいていて、花びらはいわばそれらのピンクが、ほんの尖端だけ姿を出したものにすぎなかった。
大岡信『ことばの力』花神社(1987年)、p.27
■言葉の力
言葉の一語一語は、桜の花びら一枚一枚だと言っていい。一見したところぜんぜん別の色をしているが、しかしほんとうは全身でその花びらの色を生み出している大きな幹、それを、一語一語の花びらが背後に背負っているのである。そういうことを念頭におきながら、言葉というものを考える必要があるのではなかろうか。そういう態度をもって言葉の中で生きていこうとするとき、一語一語のささやかな言葉の、ささやかさそのものの大きな意味が実感されてくるのではなかろうか。それが「言葉の力」の端的な証明であろうと私には思われる。
同上、p.28
*文中、京都の染織家志村ふくみ氏の仕事場で大岡氏が、「なんとも美しい桜色に染まった糸で織った着物」を見せてもらったが、それが桜の花びらではなく、春先の山桜の樹皮をもらってきて染めたものであること志村氏から聞いたことを指す。
〔註〕ノヴァーリスの断章の所在は大岡氏の本書から知ったものである。
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