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2015年7月21日 (火)

「個人の自由とデモクラシーによる統治とのあいだにはなにも必然的な連関があるわけではない」

〔問〕「個人の自由とデモクラシーによる統治とのあいだにはなにも必然的な関連があるわけではない」というI・バーリンの主張について次の4つの語句を用いて論じなさい。
【積極的自由、消極的自由、代表制デモクラシー、リベラリズム】

どこぞの大学で、上記の、《政治思想史》か《政治哲学》あたりの前期末試験のレポート課題、が出題されたらしい。模範解答を書くのはアホらしいので、この出題の理解に資するだろうことを少し記してみる。ちなみに、Isaiah Berlinの原文は以下のようである。

But there is no necessary connexion between individual liberty and democratic rule.
Isaiah Berlin, Four Essays on Liberty, Oxford, 1969(paperback edition ,1982 p.130、みすず書房版 1990、p.316)、下線は英国表記、念のため。

「個人の自由」の尊重とは、近代社会において追求されるべきとされる、各個人の意思・行動は本人の判断を最大限尊重しなければならないという価値。なぜなら、本人のことは本人が最も知っているのだから、本人にとって何が幸福かも本人が一番わかるはず。であれば、他者に危害を加えない限り、「個人の自由」を尊重することが、社会を構成する全ての個人の幸福のチャンスを増やすことになる。他者が異なる意見を本人に伝えるのは当然自由だが、権力(統治者や宗教的権力)が何らかの意見や価値観をもって、強制力で「個人の自由」を制約してはならい。

「デモクラシー」とは、国家の統治(者)は、被治者である人民の意志に従って選ばれた者だけが正統であり、被治者の運命に関わる国家の重大な政治的意思決定は、被治者人民の承認を必要とするという思想。その代表例が代議制デモクラシーである。議会議員や首長を選挙で選び、法律の制定・条約締結等は人民の意思を代理する議会の承認を経て有効となる。

Isaiah Berlinの見解によれば、現代のリベラリズム(自由主義)には、異質な二つの意見が混在している。

 一つは古典的な「自由」概念であり、物理的な強制力(統治権力)や精神的強制力(宗教権力)からの、「個人の自由」を主張するもの。これを「消極的自由」と呼ぶ。いわば「《力》からの自由」。

 もう一つは、近代においてより明確に主張されるようになった「自由」概念であり、例えば、それまで国王による統治だったが、貴族たちが文句を言うので、貴族をメンバーとする顧問会議をつくり、国王が重大な政治決定(増税、戦争開始)をする際、顧問会議の助言・同意を必要とするようにする。平民がいろいろ運動してうるさいので、平民を選挙権者とする議会をつくる。ただし、選挙権資格に制約をつけたりもする。例えば明治憲法制定時に、帝国議会は作るが、衆議院の選挙権は、年額15円以上の直接国税を納める満25歳以上の男子としたように。日本においてはその後、徐々にこの納税制限は緩和され、1925年普通選挙法が制定されて、納税資格が撤廃され、満25歳以上の男子に選挙権、満30歳以上の男子に被選挙権が与えられた。このようななんらかの政治的意思決定への参画の程度の拡大、これを「自由」の拡大と見なすこと。これを「積極的自由」と呼ぶ。いわば、「《力》への自由」。換言するなら「《可能性》へのアクセスの自由」か。

 Isaiah Berlinは、「自由」の本質は、前者の「消極的自由」にあり、後者の「積極的自由」は、「《力》への自由」求めるあまり、場合よっては「消極的自由」を犠牲にすることが起こり得ると警告した。

 課題の、【積極的自由、消極的自由、代表制デモクラシー、リベラリズム】 の語彙を、その内容の親近性で分類すると、消極的自由+リベラリズム、積極的自由+代表制デモクラシー、となる。

〔参考〕
アイザィア バーリン「二つの自由概念」,1958 (2)

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