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2016年11月30日 (水)

庵野秀明「シン・ゴジラ」2016年

 日曜日、立川のシネマシティにて、庵野秀明の「シン・ゴジラ」を観る。120分間、そこそこ楽しんだ。石原さとみの芝居がどんくさかっただけが唯一の欠点。エンターテイメントとして成功していることは、興行収入80億円、観客動員数500万人、という数字が物語っている。だから、映画にも、庵野秀明というクリエーターにも、特に詳らかにしない私が、この映画の面白さに関してはコメントする必要もなかろう。従って、感じたことを雑録風に記す。

■自衛隊
 1945年9月2日(日)、東京湾上の米戦艦ミズーリ号上で、大日本帝国政府および陸海軍は天皇の命により、降伏文書に調印にした。この時点を境に日本近代史の主役だった「国軍」は日本史上からその姿を消し、それまでの絶大な威信と栄光も雲散霧消となった。

 明治・大正・昭和と、Upper Classの男子であれば「末は博士か大臣か」とその親は願い、本人は、将来「大将」になる、と言ったものだった。Lower Classの、成績の良い男の子であれば、官吏の身分に準じて扱われ学費・生活費まで支弁された、軍隊の学校(陸軍幼年学校・士官学校、海軍兵学校)か、師範学校に進むことが、立身出世のキャリア・パスだった。

 戦後日本の高度成長には様々な要因が与っているが、その大きなものとして、国家全体の資源配分から見て、国力(ヒト・モノ・カネ・知識)の過半が投じられていた軍事部門から、一気に諸資源、特に若い人的資源が解放されたことが大きく貢献しているのは見やすい道理だろう。このプロセスは、四百年前にも、戦国時代の終息→豊臣・徳川の平和→17世紀の高度経済成長、として起きていた。歴史は繰り返す。

 要するに、戦後日本では、「国軍(Army)」というものの価値が極小化していた。従って、他の先進各国で有する国軍の威信、価値というものは、戦後日本人には理解不可能となっている。とりわけ、米国社会における「国軍(Army)」の存在感と戦後日本人の感覚のギャップは埋めがたいものがある*。かつて(そして恐らく今でも)、若者が自衛隊員になると言えば、糊口をしのぐためか、国家資格(自動車免許)を得る、あるいは、本物の銃を撃ってみたい、といったところが相場だった。旧中国でいうところの、「好鉄不打釘、好人不当兵(良い鉄は釘にならない、良い人は兵にならない)」が、戦後日本人の自衛隊観だったと言っても大きく違わないだろう。

 しかし、軍隊(人殺し)としてなら日陰者の自衛隊も、害獣駆除 or 災害救助なら戦後日本人の国軍アレルギーに抵触せず、お天道様の下へ堂々と出ることができる。軍事オタクだけを相手にこそこそしなくて済む。子供むけの怪獣戦隊ものや(深夜)アニメでしかヒーローであり得なかった自衛隊のスティグマを浄化する作用が、この「シン・ゴジラ」にはあるだろう。

■父殺し
 戦後日本の実質上の国体(Constitution) は、日米安保条約体制であったし、今でもそうだ。災害救助隊としての自衛隊の最高指揮官は自衛隊法によれば内閣総理大臣であるが、非常時(Carl Schmitt の例外状況)においては、その上位法であり、日本国の最高法規である日米安全保障条約に基づき、自衛隊は在日米軍司令官の指揮下に入る。そして米軍の最高指揮官は米国大統領だから、軍事力を発動させる有事(例外状況)においては、日本国は米国大統領の指揮下に入ることになる。端的に行って、日米安保条約体制とは、米国による戦後占領レジームそのものだ。すると、戦後日本人にとり、帝国陸海軍を敗北させた米国は怒らせると怖い父親と言えるだろう。

 この映画では、最終的にその親父の意図を挫き、鼻を明かした。

 青年が自立しようとする時、何らかの「父殺し」を経て父親を踏み越える。「シン・ゴジラ」が裡に秘める最大のメッセージは、白昼堂々の「父殺し」であり、500万人の日本人を動員し得たカタルシスの要因が、そこにあるように思える。

■映画と全体主義
 この映画を全体主義的、ファシズム的と訝しむ向きもあるが、そもそも民衆を《動員》するテクノロジーとしての映画には、その属性がまとわりついている。インテリ趣味の芸術性を指向する欧州映画ではなく、大衆性をあからさまにする米国映画が世界市場を席捲したのが第一次大戦中で、その後、映画界における米国レジームは現在に至る。そして、bookish なものを嫌う、反知性主義的風土の大陸国家米国において、民衆教化の最大の効果を発揮するのが映画であり、《国史》や《国民文学》を持てない米国における映画とは、国民統合のテクノロジーに他ならない。有体に言って、映画とは不可避的に全体主義的(と言っては抵抗があるだろうが)、祝祭的なテクノロジーなのである。その意味で上記の指摘は冗長だ。「父殺し」を祝う映画と思えばよいのではないか。

*米国社会における米軍のプレゼンスの重さ、少年たちへのマチスモ圧力については、下記を参照。
C.ダグラス・ラミス『内なる外国―「菊と刀」再考』、時事通信社 (1981年)
 3 内なる外国(外国―たとえばアメリカ文化の行方)

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コメント

fearonさん

コメントありがとうございます。

庵野秀明にとり、「父」が宮崎駿に当たることはまあわかります。すると、この映画が、どんな点で、庵野秀明にとって、宮崎駿を乗り越えたことになりますか?

庵野にとっての、この映画におけるカタルシスとは何でしょうか?

投稿: renqing | 2016年12月 1日 (木) 01時30分

石原さとみは、エヴァでいう司令塔のミサトさんですね。わざとです。さとみ=みさと 

父殺しの父は、やはり庵野の師匠である宮崎駿ですね。


投稿: fearon | 2016年11月30日 (水) 16時37分

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