「朕の新儀は未来の先例」/ "My new rituals are a precedent for the future"
表題は、今から七百年前の帝王の言である(後醍醐天皇)。一瞬「未来を予言する最良の方法は、未来を作ってしまうことだ」をつい想起してしまう。
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表題は、今から七百年前の帝王の言である(後醍醐天皇)。一瞬「未来を予言する最良の方法は、未来を作ってしまうことだ」をつい想起してしまう。
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表題は、『誹風末摘花』からのもので、これは徳川十八世紀後半から十九世紀初めに成立した四巻のエロ狂句集である。
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「江戸《幕府》」や「徳川《幕府》」なる語彙が当事者たちの自称ではないことは勿論、当時の第三者からの呼称でもなく、徳川19世紀中頃における政治的意図が込められたものであったことは、弊blogでも幾度か記事化した(本記事末尾、参照)。すると当然、「鎌倉《幕府》」なる語彙を使った鎌倉時代人たちも皆無であろうと容易に推測できる。以下はそれに関連するevidence の二例。
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Talcott Parsons の Double Contingency の議論は、
Max Weber の「 Wahlverwandtschaften (Elective Affinities) 」
との親和性を感じる。
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以下、国史大辞典(吉川弘文館)の「原市之進」の項にこうある。
「文久元年(一八六一)五月東禅寺事件が起って幕府の攘夷派への圧力が強まると、大橋訥庵らとともに老中安藤信正の要撃を謀議した。」
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戦前日本の国家神学と言えるものは、《水戸学》である。戦前の日本人をその一言で黙らせた《国体》というマジックワードも、会沢正志斎『新論』が発明したものだ。したがって、私たちは一つ謎に逢着する。
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『週刊エコノミスト』2017年5月9日号の書評欄(P.66)に、中世史家今谷明氏が下記の寄稿をされている。
書評 歴史書の棚 「維新批判の著作ブームに 問われる歴史学者の役割」今谷明
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1972年にローマ・クラブが発表した「人類の危機」レポート、『成長の限界 The Limits to Growth 』。その主筆がメドウズ女史(Donella H. Meadows)だが、2001年に59歳で亡くなっていた。偶然彼女の言葉に出会い、感銘を受けたのでご報告しておく次第。生憎出典は不明。
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時折、考えては不思議に思うことがある。よく、一般向け解説や、中学生向け理科解説書で、下記のような文を見かけるのだが・・・。
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