奈良朝びとの古墳破壊とパーセプション・ギャップ
弊記事で掲げた表に奇妙な部分があることに今頃気付きました。築造年順の7番目、市庭(いちにわ)古墳です。
宮内庁の治定(じじょう)では被葬者は平城天皇となっていまして、天皇は、宝亀五年(七七四)誕生し、天長元年(八二四)に没しています。しかし考古学上は、古墳中期前半(4世紀後半)の築造とされています。被葬者が生まれる前にお墓ができる訳がありません。引用元にミスプリがあったのかと調べたところ、なかなか重要なことが分かりました。
この市庭古墳は、平城へいぜい天皇、 楊梅陵やまもものみささぎとして宮内庁の管理下にありまして、所在地は奈良県奈良市佐紀町です。陵墓の形は円丘です。ところが近年の平城京発掘調査によって、この円丘が、全長二五三メートル、後円部径一四七メートル、前方部幅一六四メートルの巨大前方後円墳の、後円部分だということが判明していたのです。盾形の周濠と外堤、さらにその外側に外周溝とよばれている幅狭の濠が巡っているもので、葺石と埴輪が存在します。
8世紀の初め、この地に平城京が造営される際、前方部が削平されていたのでした。実は、この他にもこの平城京プロジェクトのときに、破壊されたことがわかっている古墳があります。平城宮跡の中にあった神明野(しめの)古墳です。これも全長114メートルの前方後円墳でしたが、墳丘は完全に削られ、その上に内裏が建設されました。下図参照。
このプロジェクトが完成する直前に「古墳を破壊した場合には、祭祀を行って死者の魂を慰めること」という勅令が出されていたとのことですから、奈良朝びとも何者かが葬られている「古墳」が存在し、それを自分たちが破壊していることは認識していました。また、8世紀おわりに「寺を作るときに古墳を壊し、その石材を用いていると聞くが、それは単に死者の魂を驚かせるだけではなく、子孫をも憂えさせることになるので、今後禁止せよ」という勅令もあるらしいので、土木工事や建設業務を担当する人々が古墳を全くマテリアルな対象としてしか認識していなかったとも見えます。
以上のことは何を意味するのでしょうか。幾つか考えられます。
1)奈良朝びとは、葬制の施設としての「古墳」が存在することは承知していたらしいが、それを破壊することに関して、一般にはそれほど強い禁忌をもっていなかった。
2)現代人の我々から見てその行為に、ある種の「冷たさ」を感じるとしたら、それは奈良朝びとが死者に対して「冷たい」というよりは、現代日本人の死者に対する認識枠組み(エピステーメー)がすっかり変わってしまっている、と考えるべきではないか。
3)仏教の影響は当然考えられるが、現代日本人の葬制のイメージである庶民的な仏式化されたものの成立は、戦国期末以降のもの。また、神道的な儀礼の整備も室町中期以降のことなので、奈良朝びとの意味世界をそれらでheuristicに解釈できない。
まだ慎重に検討しなければいけない点がありますが、それはまた後に。
少し気になるのは、古代史や考古学の研究者たちも同じ現代日本人ですから、《死》や《葬制》への常識的、情感的見方は我々と共通です。すると、彼らが古代人の行為をみるとき、我々と同様なパーセプション・ギャップをもって、対象に臨むのではないか、ということです。
※参照させて頂いた他所の記事です。すべて、奈良文化財研究所の所員の方々のブログ記事です。
(147)平城京北辺の巨大古墳群 - なぶんけんブログ
奈良時代における古墳 - なぶんけんブログ
破壊の規模を実感するのに、上記記事から一つ拝借。下記。
第二次大極殿及び内裏地区における神明野古墳の痕跡「奈良時代における古墳」様より引用
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