マスコットと苦難の神義論(mascot and Theodizee des Leidens)
マスコット( mascot [en]/mascotte [fr])
英語圏には,フランスの作曲家オードランEdmond Audran(1840-1901)のオペラ《 La Mascotte 》の公演(1880)を機に知られるところとなった語。
このマスコットは、今では、幸福をもたらすものとされているが、この言葉は、もとは、女妖術師なし魔女を意味するマスコ(masco)というフランス東南部のプロバンス語から来ている。元来は、不幸をもたらすものだったが、逆の意味になったわけである。日本の客商売の家にある招き猫も一種の呪術である。P.210、吉田禎吾『呪術』講談社現代新書1970年
呪術は、宗教とともに、人間が生存していく際に生まれる種々不安や緊張をやわらげ、そこに直面する生と死、健康と病気、幸と不幸にある種の説明や意味づけを与える。それは苦痛を耐える一つの手段である。意味づけのない苦痛は耐えられないからである。その意味では、呪術や宗教は、人間の自然への順応において、精神的な問題を埋める働きを持つ。そのために自然への適応様式としての技術や科学がどんなに発達しても、或いは発達すればするほど、技術文明に疎外される人間の精神的な間隙を埋める呪術は消滅しないだろう。P.211、同書
Max Weberは、宗教社会学上の概念として、「幸福の神義論 Theodizee des Glueckes」、「苦難の神義論 Theodizee des Leidens」という分類を提示しました。前者は《幸福の正当化》、後者は《苦難の正当化》という役目を果たします。
※マックス・ヴェーバー『宗教社会学論選』みすず書房1972年、P.41、P.45、参照
人生において耐え難い苦痛を被ることなど、誰しも望みません。しかしこの世の中の誰かしらには、そういうことが起きてしまいます。2011年3月11日の東日本大震災では、被害者は約2万5千人(死亡16千人/行方不明2.5千人/負傷者6千人)に上りました。あのほぼ一瞬の出来事で、そのご家族、肉親の方の衝撃を含めて考えれば10万人近い人々に、《人生において遭遇する耐え難い苦痛》が襲いかかっています。
私的な出来事ですが、亡母は初産の女児を生後五十日で喪いました。私の姉です。棺に納められたとき、私も入る、と取りすがって泣き叫んでいたんだよと、亡父からその様子を教えられました。激情家でもあった母なので私も頷きました。
その母の晩年に、気後れしながら私が、「お姉ちゃん、かわいそうだったね」と言うと、「もう忘れちゃったよ」とだけ何気なさそうにポツリと、少し笑みを浮かべながら答えてくれた母の声が、未だに悲しく思い出されます。忘れる努力の末、半世紀以上胸底に静かに置いてきたことなのだな、とその時感じました。
人には「忘却する」ことで、痛苦と「ともに生きる」道もあるのではないでしょうか。そしてそれは、大部分の(宗教的に折衷的な、神仏混淆的な)日本人の《辛さ》への対処法なのだろうと思います。
※下記の本居宣長における《不幸の神義論》も参照されたし。
小津富之助とは何者か(2)
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