中島真志 著『アフター・ビットコイン: 仮想通貨とブロックチェーンの次なる覇者』2017年10月新潮社(20180301追記)
【主内容】昨今なにかと話題になる、ビットコイン等の仮想通貨。その仮想通貨の全体像と評価が本書記述の3割。その基幹技術として考案されたブロックチェーン(=DLT 分散型台帳技術)の全体像と評価、今後への影響の記述が7割。
したがって、本書タイトルで言うと、「アフター」が主、「ビットコイン」が従、となる。銀行員、証券マン、アセットマネジメントに携わる方、事務工程の業務改革を得意とするコンサルタント、だったら必読書。絶対、読んだ方がいい。なぜなら、DLTは5年内にあなたの日常業務を変えてしまうから。
【フィーチャー】
DLT(Distributed Ledger Technology)は、法的権利義務(債権債務に代表される)の確定を指示する、ビジネスにおいて極めて重要な情報を、安全かつ極めて低コスト(ということは媒介するステップがほぼゼロなので高速処理)で権利者間で共有する技術です。著者が言うように、外為の海外送金なら、手数料は1/10、数日かかっていたものがほぼ秒単位、で可能です。実現すれば、社会全体のジャンクション部分、デリバリー部分に、劇的な効率改善化をもたらします。また、極めて重要な情報、というカテゴリーならなんでも応用可能性がありますから、個人情報(医療用カルテ)、保証書(生産地証明)等、にも適用可能で、アイデア一つで相当の広がりを持ちます。経済社会の見えない、縁の下の部分で、人手に頼って処理されて、社会全体が回っていたものに、確実にイノベーション(低コスト化、高速処理化)を起こすでしょう。つまり、社会全体を便利にするインパクトを持つテクノロジーです。大部分の人々にとってはblack boxでかまわないでしょうが、その道の専門家にとっては避けて通れない技術。システムエンジニアではないが、システムユーザーにとり誠に有益な本です。
【コメント】
580億円が盗まれた?コインチェック事件を契機に読んでみました。著者が元日銀マンなので、私的関心事として《通貨》や《貨幣》への、新しい観点、アプローチがあるかも知れない、ということもありました。
本書への評価は、上記【主内容/フィーチャー】にほぼ尽きていますが、本書から受けた個人的な最大のメリットは、本書P.185、註13の、
日本銀行は1万円札を20円で仕入れて1万円で発行しているため、9980円儲けているという説明がなされることがありますが、これは完全に間違いです。
という、憤懣やるかたなしといった風情の、「通貨発行益 シニョレッジseigniorage(←仏語←俗ラテン語)」の蒙説への訂正でした。日銀が中近世の君主や将軍なら上記の説明には何の瑕疵もないのですが、近代経済における中央銀行のシニョレッジの説明としては確かに変でした。日銀が嬉しそうに買い物するわけでもないから、私も若干腑に落ちない点もあり、これまでの蒙を開かれ、勉強になりました。
しかし一方で、決済の専門家にしては、《通貨》観が旧態依然としたもので失望しました。通貨は債権債務の決済手段として、経済の取引過程で結果的に「創出」されてしまうものです。現代の約束手形が流通するのもそうですし、徳川期の領主家が発行して大坂堂島で売り出した米切手もそうです。やはり日銀マンとして育って、日本銀行券への思い入れが強すぎて、そこから抜け出せない、と言うことなのでしょう。少し残念に思いました。
〔参照〕DLT( Distributed Ledger Technology )と華厳思想
中島真志 著『アフター・ビットコイン: 仮想通貨とブロックチェーンの次なる覇者』2017年10月新潮社
〔目次〕
はじめに
序章 生き残る次世代通貨は何か
1.過大評価されている仮想通貨?
2.期待が高まるブロックチェーン
3.中央銀行によるデジタル通貨発行への取組み
4.ブロックチェーンがつくる新たな未来
第1章 謎だらけの仮想通貨
1.すべての始まりはビットコイン
2.ビットコインはどうやって使うのか
3.ビットコインを支える不思議なメカニズム
4.ビットコインの新規発行「マイニング」の仕組み
5.1000種類以上もあるビットコイン類似の仮想通貨:アルトコイン
7.ビットコインは果たして通貨か?
第2章 仮想通貨に未来はあるのか
1.ビットコインのダーティーなイメージにつながった3つの事件
2.一握りの人のためのビットコイン
3.ビットコインの仕組みに問題はないのか?
4.ブロックサイズ問題がもたらしたビットコイン分裂騒動
5.政府の介入によってビットコインは終わる?
6.健全なコミュニティはできているのか?
7.ビットコインはバブルか?
第3章 ブロックチェーンこそ次世代のコア技術
1.これは本物の技術だ!
2.ブロックチェーンの類型
3.代表的なブロックチェーン
4.金融分野におけるブロックチェーンの実証実験の動き
5.ブロックチェーン導入時に決めるべきこと
第4章 通貨の電子化は歴史の必然
1.貨幣の変遷は技術進歩と共に
2.15年前から始まっていた通貨の電子化
3.実証実験に動き出す世界の中央銀行
第5章 中央銀行がデジタル通貨を発行する日
1.2種類の中央銀行マネー
2.銀行券を電子化する「現金型デジタル通貨」
3.銀行経由で発行する「ハイブリッド型デジタル通貨」
4.当座預金の機能を目指す「決済コイン型デジタル通貨」
5.デジタル通貨は新たな政策ツールとなるか?
第6章 ブロックチェーンによる国際送金革命
1.高くて遅い「国際送金」の現状
2.安くて早い国際送金を目指す「リップル・プロジェクト」
3.国内におけるリップル・プロジェクトの展開
第7章 有望視される証券決済へのブロックチェーンの応用
1.中央集権型で複雑な現行の証券決済
2.相次ぐ実証実験プロジェクト
3.証券決済への適用時に考慮すべき点
おわりに
参考文献
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