言葉の織物(A Textile of Language)〔2〕
前回からの続き。
私は、ヨハネ福音書の、少なくとも冒頭部の、「初めに言があった。」は真実を穿っているのではないかと考えています。
幾度も使って気が引けますが、下記の三島由紀夫の文が私の気分を代弁しています。
小説はそのなかで自動車でドライヴするとき、テーマの展開と筋の展開の軌跡にすぎません。しかし歩いていくとき、これらは言葉の織物であることをはっきり露呈します。つまり、生垣と見えたもの、遠くの山と見えたもの、花の咲いた崖と見えたものは、ただの景色ではなくて、実は全部一つ一つ言葉で織られているものだったのがわかるのであります。
三島由紀夫『文章読本』1959年(中公文庫1995年)、pp.43-4
つまり、「空間」と見えたもの、「時間」と思えたもの、「自我」と捉え得たもの、「物自体 Ding an sich」と Kant が呼んだもの、等は、五感の器官によるただの対象 object ではなくて、よく考えると、実は一つ一つ言葉で織られているもの、《言葉の織物》だ、と思うのです。二十世紀初頭、フロイトが自分が発見したものを、「無意識 Unbewusst(unconscious)」と名を与えると、現代の我々も、既にその言葉以外では《それ》を考えられなくなっています。
これは、人間を取り囲む「世界」や「宇宙」が、思念上、想念上の実体のない幻だ、といっている訳ではありません。おそらく、今我々の眼前にある《言葉の織物》は、「ヒト」が進化の過程で、数万年前から今日まで、trial & error の中で結果的に作り上げてきたものです。一応、《時の篩》を潜り抜けてきていると考えられます。だからこそ、人類は絶滅もせず、今日、地球上の最強の生きものとしてこの星に君臨しています。
従いまして、この《言葉の織物》は、「夢」「幻」ではありません。しかし、人類が地球上の多様な環境で社会生活を営むなかで、それぞれの局所的環境にfitする言語、《言葉の織物》を構築し、それぞれ進化させてきていますので、今では、同じホモサピエンスのなかでも恐ろしく多様な《言葉の織物》ができてしまっています。我々の日本語の世界、現在地球を覆う勢いの英語の世界は、それらの一つです。
いま、私はこうしてPCのキーボードを打鍵していますが、この一定の硬さと質量をもつ、実にリアルに存在するキーボードは、物理的存在というよりは、《言葉の織物》です。もし飼い猫がいれば、彼らは、そのキーボードの上を、その肉球で巧妙に歩くでしょう。彼らにとり、それは一つの歩行上の object にしか過ぎません。
昔、猫を数匹、数代にわたり家で飼っていたことがあります。亡父は洋画が好きで、よく「ナントカ映画劇場」で、戦争物がテレビ放映されていると、必ず見ていました。画面で戦闘機による空中戦が始まりますと、父の膝の上で丸くなっていた猫がムックリ起きだし、何を考えたのか、テレビ画面にゆっくり近づき、前足で引っ掻こうとします。それがどうも無理だと理解すると、その猫は、テレビ受像機の後ろに回りました。それもまた虚しい所作だと知ると、またフラりと居心地の良い場所を探しにその場から去りました。ひとは、テレビのブラウン管上の点滅する信号に「飛行機」という複雑な意味を検出していますが、猫は、あるいは空中を飛翔する「虫」の類を見出したのかもしれません。
人にとり、言葉は、material かつ concreteで、real なものである。これが私の今のところの小括です。
※参照 The discourse construction of reality/「現実」の言説的構成: 本に溺れたい
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