少年易老學難成 ・・・ の作者は《朱子》ではない
「少年老い易く学成り難し」
そしてこの項目には、辞書編纂者の驚くべき補注が加えられています。若いと思っているうちにすぐに年老いてしまい、志す学問は遅々として進まない。年月は移りやすいので寸刻をおしんで勉強せよということ。
小学館日本国語大辞典、より
補注
朱熹の偶成詩「少年易老学難成、一寸光陰不可軽、未覚池塘春草夢、階前梧葉既秋声」からとされているが、朱熹の詩文集にこの詩は見られず疑問。近世初期に五山詩を集成した「翰林五鳳集‐三七」には、「進学軒」の題で、室町前期の五山僧惟得巖の作としてこの詩が収録されている。
小学館日本国語大辞典、より
この名句は、従来、朱子の作とされていましたが、その出典は明治期の漢文教科書であり(明治期の立身出世イデオロギーによる教育上の捏造)、実作者は、観中中諦(かんちゅう-ちゅうたい)1342年~1406年、という、夢窓疎石の法統を継いだ南北朝-室町時代の五山の僧の可能性が高いとのことです。
少なくとも、南宋の朱子(朱熹)作ではないことはかなり確定的ということで、既に広辞苑(岩波書店)、日本国語大辞典(小学館)に補注[上記]が入っているわけです。
何事も鵜呑みにしてはならない、という教訓ですね。
※本件の最新の研究論文(PDF)は、下記をご参照ください。
「少年老い易く学成り難し」詩の作者は観中中諦か - 広島大学 学術情報リポジトリ
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コメント
おお、足踏堂さん
コメント、ありがとうございます。
日本のアカデミズムにおける人文学(humanities)の成果を、ノーベル賞続出の自然科学系に比較して冷笑する(偉そうな)御仁が時折、います。「それ、役に立つの?」と。(ま、日本だけの事ではありませんが。欧州でも米国でも人文系の学術出版は苦労しているようです。)
ことほど左様に、日陰の花の人文学ですが、各大学の紀要には査読(referee)が無いが故に、地味だが、貴重な調査、研究、がひっそりと活字化されていたりします。M.Weber死後、17年後(1937年)に京大の「経済論叢」に掲載された沢崎堅造師のWeberへの文献学批判などその最たるものです。
昨今の出版不況で、書籍として巷の眼に触れる機会も激減していると思われますので、弊blog程度でも何かの役立つなら嬉しい限りです。
投稿: renqing | 2018年11月14日 (水) 00時58分
ご紹介の論文、おもしろいですね。内容も文章もすばらしい。
こういったものをよくお見つけになられました。
こういった「細かな」研究の一般向け紹介は、一般の関心に合致する度合いに応じて行われていますが、文学や歴史学は、ある種くだらない心理学にこの点負けているように思われます(心理学がくだらないなどとは言っておりません、念のため)。
今後もこうしたご紹介を期待いたします。
投稿: 足踏堂 | 2018年11月13日 (火) 21時10分