平川 新『戦国日本と大航海時代』中公新書(2018/04)〔1〕
話題の書、と言ってよいでしょう。初版が2018年4月25日、手許にある版が2018年9月20日4版となっています。なぜそんなに売れているのかと言えば、帯に踊っている「日本はなぜ『世界最強』のスペインの植民地にならなかったのか」という惹句が効いています。
※詳細目次は、本記事の最下段をご覧ください。
■織豊/徳川リヴァイアサンは世界最強だから、「鎖国」できたのか
そのため、巷間「『世界最強』のスペインの植民地にならなかったのだから、当時の日本は世界最強だったんだ!」と思い込んでいる読者もいるようです。平川氏は実証史学者なので、そんな迂闊なことは書いていませんが、下記の記述はあります。
これまで江戸時代のいわゆる鎖国は、日本の閉じこもり型外交としてネガティブに評価されてきた。しかし鎖国にいたる歴史展開をみれば、強大な軍事力を有していたがゆえにヨーロッパ列強をも日本主導の管理貿易下におくことができた、ということが明瞭に浮かぎ上がってくる。弱くて臆病だから鎖国、ではなく、強かったから貿易統制や入国管理を可能にしたのであった。それが、のちに鎖国と呼ばれた体制であった。つまり、強かったから鎖国、なのである。(本書序章、p.14)
■山川日本史では
一方で、大抵の日本人は、高校で以下のように習います。
活発であった海外貿易も幕藩体制が固まるにつれて、日本人の海外渡航や貿易に制限が加えられるようになった。その理由の第一は、キリスト教の禁教政策にある。
理由の第二は、幕府が貿易の利益を独占するためで、貿易に関係している西国の大名が富強になることを恐れて、貿易を幕府の統制下に置こうとした。・・・。
島原の乱を鎮圧後、幕府は1639(寛永16)年にポルトガル船の来航を禁止し、1641(寛永18)年には平戸のオランダ商館を長崎の出島に移し、オランダ人と日本人との自由な交流も禁じて、長崎奉行がきびしく監視することになった。こうしていわゆる鎖国の状態となり、以後、200年余りのあいだ、オランダ商館・中国の民間商船や朝鮮国・琉球王国・アイヌ民族以外との交渉を閉ざすことになった。幕府が対外関係を統制できたのは、当時の日本の経済が海外との結びつきがなくとも成り立ったためである。
(山川出版社改訂版詳説日本史B/2017年3月5日発行、p.179)
こういう学校日本史の記述を読んだり、教えられたりすると、「徳川幕府」がいかに後ろ向き、反動的で、閉鎖的な専制権力か、と〈思想教育〉されてしまうのではないでしょうか。「家康のネクラの狸爺め」とか、〈引きこもり〉の徳川幕府とは情けない、といったマインドコントロールです。日本に対する自己嫌悪も含まれることもあるでしょう。
このマインドコントロールされた現代日本人が、本書の記述を読むならば、一種のカタルシスや自己救済を感じることを、あまり責められないとも思います。
■なぜ、織豊/徳川リヴァイアサンは植民地帝国を築かなかったのか
しかし、明敏なる読者なら、少し不思議に思うのではないでしょうか。「もし近世統一権力が当時世界一の軍事力を持つなら、なぜ近世日本が、ポルトガルやスペインに代わって、16世紀の世界(少なくとも東南アジア)を支配する植民地《帝国》に文字通りならなかったのだろう?」と。
つまり、平川氏の当時の対外的パワーバランスの記述に欠落があるわけです。そもそも、ポルトガル・スペインやオランダ・イギリスが当時の技術水準で、地球の裏側まで、なぜ商業的・軍事的遠征が可能だったか、という説明です。
そういう意味では、平川氏の記述は、明らかに「片手落ち」(差別語)で、欧州によるかつての「大航海時代」の21世紀的評価において、情報不足は否めませんし、誤解を生みだし兼ねない記述となっています。
■なにが書かれていないのか
不足している記述は2点です。
ひとつは、19世紀帝国主義(第二次グローバリゼーション)を「面の帝国主義」と呼ぶならば、第一次グローバリゼーションとしての「大航海時代」は、「点の帝国主義」であらざるを得なかったこと。
ふたつは、近世統一権力の軍事力は野戦軍(陸軍)であり、「大航海帝国主義」は「海軍」主体だったこと。織豊権力も徳川権力も、「海軍」に関してはからっきし非力だったこと。
以上2点の確認が重要です。
ということで、佳境に入りましたが、〔2〕へ続きます。
※本シリーズ、完結しております。ご参考になれば幸甚。
〔1〕
〔2〕
〔3〕
〔4/結〕
〔補遺〕
平川 新『戦国日本と大航海時代―秀吉・家康・政宗の外交戦略』中公新書(2018/04)
目次(小見出しを含む)
序章 戦国日本から「帝国」日本へ
・なぜ秀吉は朝鮮に出兵したのか
・イエズス会の野望
・家康の外交
・政宗の外交
・「帝国」日本の登場
第1章 大航海時代と世界の植民地化
1.ヨーロッパの世界進出
・1494年の世界領土分割条約
・スペインの南北アメリカ征服
・太平洋航路の発見統治とフィリピン征服
・ポルトガルのアジア進出
・1529年のサラゴサ条約
・ポルトガル人とスペイン人の日本上陸
・トルデシリャス条約500年記念事業
・イギリス、オランダの世界進出
2.明国征服論と日本征服論
・ポルトガルとスペインの明国征服論
・イエズス会の日本宣教組織
・ポルトガルとスペインの日本征服論
第2章 信長とイエズス会
1.フランシスコ・ザビエルの日本布教
・ザビエル、日本人の案内で鹿児島に上陸
・最初の布教は仏教用語
・日本の国王に会えず
2.信長と宣教師たちの出会い
・ルイス・フロイスと織田信長
・信長、世界を知る
・信長の世界観
・「安土城之図」にこめたメッセージ
・信長の明国征服構想
第3章 秀吉のアジア征服構想はなぜ生まれたか
1.秀吉とイエズス会
・朝鮮出兵をめぐる従来の理解
・明国征服構想を抱いた時期
・日本、ポルトガル連合による征明計画
2.バテレン追放令
・軍事力への懸念
・イエズス会への疑心
・神社仏閣の破壊
・秀吉は信仰の自由を認めていた
・日本人売買の禁止について
・イエズス会の反発
・追放令後も活動を継続
・ポルトガル人とスペイン人の対立
・イエズス会への強力な牽制
3.アジア支配への動き
・寧波がアジア支配の拠点
・朝鮮と琉球への服属要求
・ポルトガル領インド副王への書簡
・フィリピン総督への恫喝
・怯えるマニラ
・高山国(台湾)への服属要求
・「唐・天竺・南蛮」の征服構想
・「予が言を軽視すべからず」
・征服者スペインに対する怒り
・東洋からの反抗と朝鮮
第4章 家康外交の変遷
1.全方位外交の展開
・アジアとの関係修復
・積極的なヨーロッパ外交
・布教禁止の理由
2.秘められたスペインの野望
・マニラとの駆け引き
・前フィリピン臨時総督ビベロと家康の交渉
・キリスト教政策の転換
・貿易のためのビベロの条件
・ビベロの日本征服構想
・「皇帝」と「帝国」の日本
・ビベロの戦略
・メキシコへの使者
3.メキシコからの使者ビスカイノ
・答礼使および貿易交渉使としての来日
・「皇帝」家康との会見
・家康、禁教への転換
・アダムスの警告
・岡本大八事件
・マカオからの抗議と反発
・「我が邦は神国なり」
第5章 伊達政宗と慶長遣欧使節
1.宣教師ソテロの誘い
・政宗とビスカイノの出会い
・家康は長崎、政宗は仙台へ
・「布教特区」というアイデア
・改竄された家康親書
2.支倉常長の旅
・貿易反対に転じたビスカイノ
・揺れるスペイン政府
・ローマでの歓迎
・イエズス会とフランシスコ会の対立
・粘る支倉常長
・支倉の帰国と政宗の対応
3.政宗の意図をめぐる諸説
・スペインとの軍事同盟説について
・「政宗は次の皇帝」
・「王国と王冠の献上」
・「30万人のキリスト教徒」と政宗
・政宗外交の意義と限界
第6章 政宗謀反の噂と家康の情報戦
1.「仙台陣」の噂
・「仙台陣」の動き
・家康による「仙台陣」の指示
・病床の家康との対面
・伊達家を救った決断
・松平忠輝による讒言
・家康、政宗に後事を託す
・大久保長安倒幕陰謀説
・忠輝の排除
・家康が仕掛けた情報戦
2.二回目の謀反の噂
・宣教師をめぐる噂
・秀忠による政宗討伐の噂
・家康が使節派遣を容認した理由
・秀忠の疑心
・噂の背景
・徳川の知力、政宗の忠誠
第7章 戦国大名型外交から徳川幕府の一元外交へ
1.戦国大名による外交の展開
・二元外交としての遣欧使節
・室町幕府の外交
・戦国大名の外交
・東シナ海交易からヨーロッパ外交へ
・「国王」としての大名たち
・徳川幕府の朱印船
・鍋島氏の国際交渉
・伊達と鍋島の違い
2.鎖国への道程
・戦国大名型外交の定義
・政宗外交の終わり
・幕府のスペイン断交
終章 なぜ日本は植民地にならなかったのか
・「帝国」とみなされた日本
・群雄割拠克服の意義
・「皇帝」の力
・「帝国」日本の確立
あとがき
参考文献
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