平川 新『戦国日本と大航海時代』中公新書(2018/04)〔2〕
〔1〕において、本書の記述不足を二つ挙げました。
1)19世紀帝国主義(第二次グローバリゼーション)が「面の帝国主義」というならば、第一次グローバリゼーションとしての「大航海帝国主義」は「点の帝国主義」であったこと。
2)近世統一権力の軍事力は野戦軍(陸軍)であり、「大航海帝国主義」は「海軍」主体だったこと。織豊権力も徳川権力も、「海軍」に関してはからっきし非力だったこと。
この2点の事実は、2)が原因で、1)が結果、とも考えられます。そして、この2点を検討することは、欧州諸国の中で、まず先頭を切ったのが、イベリア半島の二つの王国、ポルトガル王国とイスパニア王国(スペイン)だったということの理由を考える事も同時に意味します。
■ホーム(home)とアウェー(away)
中学地理では、日本・明石市の上を東経135度線が通る、と暗記させられます。一方ロンドンを通るのが本初子午線(東経0度)です。そしてこの経線は、イベリア半島のバルセロナとマドリードの真ん中あたりを通過しています。つまり、日本列島とイベリア半島は互いに地球の裏側に位置する訳です。
従いまして、日本列島(西日本)で勃発する(かもしれない)戦争は、列島の近世統一権力にとっては home game 、イベリア半島の2王国にとっては、away game 、それも最も遠いアウェーとなります。そこに、戦争の勝敗の白黒をつける主力の野戦軍の大軍を派遣するということは、イベリア2勢力にとって、経費的にも、当時のテクノロジーからいっても、できない相談でした。そういう理解がまず必要です。
近代日本人にとり、常に留飲が下がる物語と言えば、日露戦争の日本海海戦の完全勝利ですが、これもバルチック艦隊にとり、その主戦海域が、完全アウェーだったことが結果に影響を強く及ぼしています。このロシア艦隊は、本拠地のバルチック海から地球を半周して、将兵・船体ともにかなり消耗した状態で日本海の水平線上に現れました。英国の妨害など幾つかの要因はありますが、最大のものは、このロシア艦隊にとり、日本海が遠すぎたことです。
■秀吉のアウェー戦
近世統一政権の軍事力は、当時、確かに強力でしたが、アウェーの戦闘(ポルトガル・イスパニアの日本列島上陸戦に比較すればホーム)である朝鮮半島では、朝鮮王朝の単独軍は駆逐しましたが、朝鮮・明の連合軍に対しては、最終的な勝敗を決定するに至っていません。
■中華帝国のホームでの強さ
大陸王朝である明朝においては、局地的地上戦ではポルトガル軍を撃退しています。清朝でも、対ロシア帝国との間で繰り返された国境紛争では、その都度、ロ軍を押し戻していますし、領土分割などというひどい事態は19世紀に入ってからです。
陸での戦い(地上戦)で雌雄を決するのは、野戦軍の戦力であり、火器・重火器が未発達の段階では、騎馬がその機動力において戦術的に最も有力な戦力でした。かつ、陣取り合戦になると、最終的には歩兵(雑兵)の量に左右されます。騎馬軍の性能と歩兵の人海戦術おいて、ヨーロッパ人の王国野戦軍はアジアからの遠征軍の敵ではありませんでした。
■ヨーロッパ軍事力の中核=大砲、その海と陸
一方、15世紀には、漢人や蒙古人のものより優れた大砲(野戦砲)がヨーロッパの戦場に登場します。しかし、重すぎて戦場における機動力に欠け、発射間隔の長さにおいて操作性に問題があり、素材に青銅を使用するため高コスト、といった難点を抱え、ヨーロッパ諸王の野戦軍の対アジアの劣勢を挽回することはまだできませんでした。ただし、大型帆船に搭載することで、重量による機動性の問題はクリアできました。この大砲装備の大型帆船が、海からアジアの沿岸の要地を、点で支配するヨーロッパ人の「海の帝国主義」を可能とした最大の要因です。
■ヨーロッパ野戦軍の優越
陸上戦力としての野戦砲は、軽量化による機動力の向上、発射間隔の短縮による操作性の向上、鋳鉄製大砲によるコスト削減、という小さなイノベーションが数世紀かかって積み上げられ、それに砲兵を中核とする野戦戦術の洗練化というイノベーションが組み合わさって、18世紀末には、ヨーロッパ主権国家の野戦戦力は、アジア諸帝国の陸上野戦軍を完全に凌駕するに至りました。ヨーロッパ人の帝国主義が「面の帝国主義」化するタイミングが19世紀になった理由はこれです。
ことほど左様に、アウェーでの戦いは、軍事的にはかなり難しいものだと言う事です。
ということで、またまた佳境に入りましたが、〔3〕へ続きます。
本書の詳細目次は、〔1〕に掲載しています。小見出しも全て書き出しました。内容の紹介は、そちらをご覧ください。
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