洗濯物はなぜ乾く?(1)/ Why does the laundry dry? (1)
「水(H2O)は、何度で蒸発する?」と質問されたら、「100℃でしょ。」と普通は応答します。しかし、洗濯物を屋外の風通しの良い場所に干すと、晴天で気温が順調に上昇(20℃前後)すれば、日中の数時間で気持ちよく乾燥します。外気温が100℃になることは地球上ではあり得ないので、先の応答では理屈にあいません。これはどう説明したらよいのでしょうか。
■物質の三態
学校の理科で、物質の三態、すなわち、固体(solid)、液体(liquid)、気体(gas)というものを学習します。その際、最も典型的な物質として、水(H2O)を挙げて解説します。
氷(固体)、水(液体)、水蒸気(気体)、というわけです。そのとき、融点0℃(個体→液体)、沸点100℃(液体→気体)と習うのですが、この知識だけで、洗濯物が常温で乾いてしまうことを説明するのは難しい。ではどう説明するか。
■水を分子(H2O)で考える
ここで、ミクロの分子レベルまで視点を拡大しなければなりません。
まず、水(H2O)の三態を、この分子レベルで考えてみます。三態のどれにおいても、水分子(H2O)としては同じ物質です。であるのに、この見た眼の大きな違いはなにか。
水分子(H2O)を構成する水素原子(2個のH)と酸素原子(1個のO)は、互いに不足している電子を提供し合う《共有結合》で建築物のように強力に構造化されてます。形状は、頂角104.5°、等辺の長さが0.96Åの二等辺三角形です。少し開き目のコンパスのような形状です。
■氷
まず、固体(solid)としての氷。これは、水分子(H2O)どうし結びついて、分子相互に動きにくい状態です。
氷中の水分子どうしは、1個の水分子中の水素原子部分(コンパスの先端)が帯びる弱い+の電荷と、酸素原子部分(コンパスの蝶番)が帯びる比較的強い-の電荷で引き合う《水素結合》で結びつき、1つの水分子が4つの水分子と結合してテトラポットのような正四面体を作り上げています。下記参照。
※氷の世界と奇跡の始まり : 「脳‐身体‐心」の治療室、様より拝借(元資料は科学技術振興機構のサイト記事だったようですが、既になくなっていましたので、上記サイト様より孫引きです。)
擬人的に表現すると、あるAという名の水分子(H-O-H)の酸素原子(1個のO)が、他のB、Cという水分子のそれぞれ1つの水素原子(H)と結びつくと同時に、Aの2つの水素原子(H)がそれぞれD、Eという水分子の酸素原子(O)とつながる。こうすると、正四面体の中央に、Aが位置して、その周囲の4つの頂点にBCDEがいて、Aを取り囲んでいる、という姿になります。
見方を変えれば、正四面体の各頂点に酸素原子があり、その中央に5つめの酸素原子が鎮座する、というイメージです。その正四面体の連続するマクロの、隙間の多い構造物が氷、ということになります。そのため、私たちの生活環境中では、《固体の体積》>《液体の体積》、という他の物質ではあり得ない物性を示すわけです。
※ちなみに、水分子の頂角104.5°といいながら、上記の氷の結晶構造のモデル図では、H-O-H間角度109.5°となっています。これはミスプリントではありません。氷の結晶構造は正四面体ですから、正四面体ならその中心と頂点を結ぶ角度は109.5°だからです。従いまして、メタン(CH4)なら、H-C-Hの角度は綺麗に109.5°となります。しかし、単体の水分子(H2O)では、酸素原子の最外殻電子6個のうち、2個は2つの水素原子と結びついていますが、残り4個(2組の非共有電子)は相手無しで淋しく手ぶらです。その分に電子雲中のスペースを占有されてしまい、自分たちは結びつく相手がいるのに肩身が狭くなり、104.5°となっている訳です。氷の結晶中では、そのローンペア(2組の非共有電子)にもお相手が見つかり、ようやく晴れて堂々と109.5°となれるのです。よかった、よかった。
正四面体の中心と頂点を結ぶ直線のなす角 |
いまだ謎多き水分子の世界 -その意外な構造と運動様態の秘密に迫る- — SPring-8 Web Site
SPring-8 Web Site 大型放射光施設 様より
■水蒸気
次に、気体(gas)としての水蒸気。これは、一つ一つの水分子(H2O)が自由勝手に空気中を飛び回っている状態です。大気中の気体分子の平均速度は 500m/s 程度ですから、音速(340m/s)の1.5倍、すなわちマッハ1.5で気儘にランダムウォーク(ランダムフライング?)しています。私たちの顔にも、大気中に存在する他の、酸素分子(O2)や窒素分子(N2)とともに、水蒸気になった水分子が、音速超える速度で絶えず衝突していることになります。
ただ、私たち人間の体積、質量に比べて水分子が小さ過ぎて、その衝突を人間が持つ感覚器官で感じることはできません。それでも、真冬に異常乾燥注意報などが出る気象の際、顔の皮膚がカサカサしたり、喉がガラガラしたりするのは、通常なら私たちの体に水分子が衝突すれば皮脂や喉の粘膜で取り込まれて、人間の保湿成分として助けてくれるはずの水分子が極端に空気中に少なくなるからです。私たちが、1個の水分子を識別できなくとも、マクロの水分として認知できれば、生物としての私たち人間には生きる上では十分ということでもあります。
とここまで来まして、少々長くなりましたので、話題の中心である、液体(liquid)としての水、に関しては次回の記事とさせていただきます。
分子式 | 分子量 | 沸点(℃) | 常温状態 | |
メタン | CH4 | 16 | -162 | 気体 |
水 | H2O | 18 | 100 | 液体 |
エタン | C2H6 | 30 | -89 | 気体 |
プロパン | C3H8 | 44 | -42 | 〃 |
ブタン | C4H10 | 58 | -1 | 〃 |
ペタン | C5H12 | 72 | 36 | 液体 |
ヘキサン | C6H14 | 86 | 69 | 〃 |
オクタン | C8H18 | 114 | 126 | 〃 |
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