スラヴ・奴隷・奴隷制/ Slav, Slave, & Slavery (1)
英語に関して調べる第一の情報源は、OED(Oxford English Dictionary)です。まずはそこから始めます。
1.Oxford English Dictionary, 1st ed.1933 Rep. 1961, 1970 から
[ Slave ]
…, identical with the racial name Slavus (see Slav), the Slavonic population in parts of central Europe having been reduced to a servile condition by conquest ; the transferred sense is clearly evidenced in documents of the 9th century.
(...、民族名スラヴス(スラヴを参照)と同一、は、中央ヨーロッパの一部のスラブ人が征服によって隷属状態にされたことを意味し、9世紀の文書にその意味が明確に示されている。)
翻訳ですが、以下もあります。
2.オックスフォード 英単語由来大辞典、グリニス・チャントレル編、澤田治美監訳、柊風舎、2015/12/12(翻訳底本 The Oxford Dictionary of Word Histories, 2004)
[ slave ]
・・・。古フランス語 esclave の短縮形である。中世ラテン語 sclava(女性形)「スラブの(捕虜)」に相当する。スラブ人は9世紀に征服され、奴隷とされていた。動詞は16世紀後半に生じ、「奴隷のようにせっせと働く」の意味は18世紀初頭に登場した。
オンラインにも優れた英語語源辞典がありました。
3.Online Etymology Dictionary | Origin, history and meaning of English words
[ slave (n.) ]
late 13c., "person who is the chattel or property of another," from Old French esclave (13c.), from Medieval Latin Sclavus "slave" (source also of Italian schiavo, French esclave, Spanish esclavo), originally "Slav" (see Slav); so used in this secondary sense because of the many Slavs sold into slavery by conquering peoples.
(13世紀後半、「他人の家畜や所有物である人」、古フランス語esclave (13c.)、中世ラテン語Sclavus「奴隷」(イタリア語schiavo、フランス語 esclave、スペイン語 esclavoの起源)、もともとは「スラブ人」(スラブ語を参照)、征服民族によって奴隷として売られていた多くのスラブ人によりこのように二義的に使われています。)
このオンライン辞書には素晴らしいことに、"The Cambridge Medieval History," Vol. II, 1913、からの引用がありました。それをオリジナルから引き直して、4.としておきます。
4.The Cambridge Medieval History," Vol. II, 1913, p.429
The oldest written history of the Slavs can be shortly summarised--myriads of slave hunts and the enthralment of entire peoples. The Slav was the most prized of human goods. With increased strength outside his marshy land of origin, hardened to the utmost against all privation, industrious, content with little, good-humoured, and cheerful, he filled the slave markets of Europe, Asia, and Africa. It must be remembered that for every Slavonic slave who reached his destination, at least ten succumbed to inhuman treatment during transport and to the heat of the climate. Indeed Ibrāhīm (tenth century), himself in all probability a slave dealer, says: "And the Slavs cannot travel to Lombardy on account of the heat which is fatal to them." Hence their high price.
The Arabian geographer of the ninth century tells us how the Magyars in the Pontus steppe dominated all the Slavs dwelling near them. The Magyars made raids upon the Slavs and took their prisoners along the coast to Kerkh where the Byzantines came to meet them and gave Greek brocades and such wares in exchange for the prisoners.
(スラブ人の最古の歴史を簡単にまとめると、無数の奴隷狩りと全民族の虜になったことである。スラブ人は人間の財産の中で最も珍重された。出身地の湿地帯の外で力を増し、あらゆる窮乏に対して極限まで鍛え上げられ、勤勉で少々のことでは満足し、機嫌がよく、陽気で、ヨーロッパ、アジア、アフリカの奴隷市場を埋め尽くしたのである。スラブ人の奴隷が目的地に到着するたびに、少なくとも10人が輸送中の非人道的な扱いと暑い気候のために倒れたことを忘れてはならない。イブラーヒーム(10世紀)は、奴隷商人であった可能性が高いが、「スラブ人は暑さのためにロンバルディアに行くことができない」と述べている。それゆえ、彼らは高値で取引される。
9世紀のアラビアの地理学者は、ポントス草原に住むマジャール人が、その近くに住むすべてのスラブ人を支配していたことを伝えている。マジャール人はスラヴ人を襲い、捕虜を海岸沿いにケルクまで連れて行き、そこにビザンチンがやってきて、捕虜と引き換えにギリシャの錦織物などを与えたという。[ケンブリッジ中世史』第2巻、1913年、429頁]。)
さてここまでは、面倒ですが語源辞典のようなリソースを使えば、一応誰でも探索可能です。
判明したことは、古代に「スラブ人」と称される人々がおり、その人々が「奴隷狩り」の対象とされ、古フランス語経由でそれが英語に輸入され、「奴隷 slave」となった、ということです。
問題はこれからです。
古代から中世にかけて、人間が商品化されて、奴隷となります。人権などという有難い観念は近代特有のものですから。
人間が商品化されるには大抵二つの契機がありました。自分の債務を弁済するための代償として(債務奴隷)。これが一つ。あと一つは、戦争の戦利品としての捕虜です(戦争奴隷)。従いまして、古代中世のスラブ人を誰が「狩って」、誰がそれを「買った」のか、ということです。商品の「需要」と「供給」と言う訳です。
この記事の後半は、小さな諸事実から私が組み上げた仮説になりますので、内容的に区分するため、次回とします。
| 固定リンク
「西洋 (Western countries)」カテゴリの記事
- 薔薇戦争と中世イングランドのメリトクラシー/The War of the Roses and the Meritocracy of Medieval England(2024.11.28)
- 「産業革命」の起源(1)/ The origins of the ‘Industrial Revolution’(1)(2024.11.08)
- 比較思想からみた「原罪」(peccatum originale/original sin)| Original Sin from the Perspective of Comparative Thought(2024.10.31)
- 対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案(昭和十六年十一月十五日/大本営政府連絡会議決定)/Japan's Plan to Promote the End of the War against the U.S., Britain, the Netherlands, and Chiang Kai-shek 〔November 15, 1941〕(2024.06.02)
「言葉/言語 (words / languages)」カテゴリの記事
- 20世紀におけるドイツ「概念史」とアメリカ「観念史」の思想史的比較 / A historical comparison of the German “Begriffsgeschichte” and American “History of Ideas”of the 20th century(2024.11.19)
- Words, apophatikē theologia, and “Evolution”(2024.08.26)
- 変わることと変えること/ To change and to change(2024.02.16)
- 「ノスタルジア」の起源(2023.05.08)
- Origins of 'nostalgia'.(2023.05.08)
「slavery(奴隷)」カテゴリの記事
- Universal Declaration of Human Rights (1948)/世界人権宣言(2024.11.29)
- Kawakita, Minoru, A World History of Sugar, 1996 [summary and comments].(2022.03.21)
- スラヴ・奴隷・奴隷制/ Slav, Slave, & Slavery (1)(2020.07.30)
- ファッションと国制史(身分と「奢侈禁止法」)/ Fashion and 'Verfassungsgeschichte' (status and "sumptuary law")(2019.11.18)
- 平川 新『戦国日本と大航海時代』中公新書(2018/04)〔4/結〕(2019.04.01)
コメント