漱石に息づく《朱子学》/ Cheng-Zhu living in Soseki
夏目漱石(1867/慶応三年-1916/大正五年)は、よく言えばかなり内省的、悪しざまに言えばクヨクヨ、グチグチ考える質たちです。その面が fiction で発揮されると、私などは「もう勘弁!」となるのですが、essay になると俄然、そこが光ります。
漱石は徳川末期から維新にかけての動乱期が青少年時代でした。漢学は、二松学舎で学んでいます。これは、明治十四年実母千枝の死に直面して、府立一中の二年を中退しての転学でした。人間的危機(identity crisis)に直面したのでしょう、文人として立とうと決意して、相当自ら鍛え、鍛えられもしたようです。後年、漱石の漢詩は中国人からも評価される程ですから、彼の精神的骨格は漢学を基礎として既にでできあがっていた、と言えます。その際、「漢学」とは結局「朱子学」テキスト類によって形成された教養です。漱石といえば英国風紳士のイメージですが、彼の理想は gentleman ではなく「君子()」なのです。
ここに、同じ「漢学」とは言っても、鴎外との違いがあります。鴎外の教養の基盤にも「漢学」がありますが、それはつまるところ立身出世の「手段」でした。漱石の場合は、実存的根っこです。別に漱石を持ち上げ、鴎外を貶めているわけでもありません。当時(明治)の立身出世主義は、その頃の青少年(男子)は皆そうだったのですから、鴎外だけが邪である訳がありません。金之助少年だって素直に出世主義に邁進できたらそのほうが幸せだったでしょう。しかし漱石の複雑な家族史がそうはさせなかったというだけです。ただし、結果として、漱石はかなり道徳的 moralisch で、鴎外は非道徳的 amoralisch な人物だ、といわざるを得ません。念のため付言すれば、鴎外は道徳的より美学的 ästhetisch 価値観が優先するというべきでしょうが。そういう意味で鴎外は非道徳的 amoralisch かつ美学的 ästhetisch な人物ということです。そういう人物が大日本帝国陸軍メディカルスタッフの boss だったことが、国軍の大きな悲劇の要因にもなりました。
漱石の朱子学的側面につき、具体的には、下記弊ブログ記事をご参照下さい。
1)学問をして人間が上等にならぬ位なら、初めから無学でいる方がよし(漱石): 本に溺れたい
2)漱石、第一次世界大戦、トライチケ(Treitschke): 本に溺れたい
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