漱石『こころ』はゲイ小説である(2) / Soseki's Kokoro is a gay novel (2)
※(1)に、長い追記をしたのが、いま一つ、わかりにくいと判断しまして、別記事(本記事)としました。悪しからず。(2020/11/3)
「私」と「先生」の恋愛模様、追記します。いずれも、青空文庫様の、夏目漱石 こころ、「上 先生と私」、から引用します。
十二
「君は恋をした事がありますか」
私はないと答えた。
「恋をしたくはありませんか」
私は答えなかった。
「したくない事はないでしょう」
「ええ」
「君は今あの男と女を見て、冷評しましたね。あの冷評のうちには君が恋を求めながら相手を得られないという不快の声が交っていましょう」
「そんな風に聞こえましたか」
「聞こえました。恋の満足を味わっている人はもっと暖かい声を出すものです。しかし……しかし君、恋は罪悪ですよ。解っていますか」
十三
我々は群集の中にいた。群集はいずれも嬉しそうな顔をしていた。そこを通り抜けて、花も人も見えない森の中へ来るまでは、同じ問題を口にする機会がなかった。
「恋は罪悪ですか」と私がその時突然聞いた。
「罪悪です。たしかに」と答えた時の先生の語気は前と同じように強かった。
「なぜですか」
「なぜだか今に解ります。今にじゃない、もう解っているはずです。あなたの心はとっくの昔からすでに恋で動いているじゃありませんか」
私は一応自分の胸の中を調べて見た。けれどもそこは案外に空虚であった。思いあたるようなものは何にもなかった。
「私の胸の中にこれという目的物は一つもありません。私は先生に何も隠してはいないつもりです」
「目的物がないから動くのです。あれば落ち付けるだろうと思って動きたくなるのです」
「今それほど動いちゃいません」
「あなたは物足りない結果私の所に動いて来たじゃありませんか」
「それはそうかも知れません。しかしそれは恋とは違います」
「恋に上る楷段なんです。異性と抱き合う順序として、まず同性の私の所へ動いて来たのです」
「私には二つのものが全く性質を異にしているように思われます」
「いや同じです。私は男としてどうしてもあなたに満足を与えられない人間なのです。・・・。」・・・・・・
「しかし気を付けないといけない。恋は罪悪なんだから。私の所では満足が得られない代りに危険もないが、――君、黒い長い髪で縛られた時の心持を知っていますか」
私は想像で知っていた。しかし事実としては知らなかった。いずれにしても先生のいう罪悪という意味は朦朧としてよく解らなかった。その上私は少し不愉快になった。
「先生、罪悪という意味をもっと判然いって聞かして下さい。それでなければこの問題をここで切り上げて下さい。私自身に罪悪という意味が判然解るまで」
「悪い事をした。私はあなたに真実を話している気でいた。ところが実際は、あなたを焦慮していたのだ。私は悪い事をした」
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