コロナ・ショックと日本経済/ The Corona Shock and the Japanese Economy
コロナ禍の影響が具体的に私の身辺に及び出したのは、今年5月のGWの頃でした。この緊急事態宣言下の足かけ二か月は本当にひどかった。二度とあんな事態は御免蒙りたい、と願っていますが、昨日今日の感染者数をチラッとみましたが、またまた雲行きが怪しくなっています。桑原、桑原。
さて、今年の日本経済ですが、コロナ・ショックのせいで、「不況」にはなっていますが、「恐慌」といった経済的なパニックにまでは至っていないと観察されます。今年度は、四半期ごとにGDPの前年比が云々とマスコミは喧しかったのですが、これまでを概観すると、概ねコロナの影響は年間GDP10%減少、というところと思われます。例年少ないとは言え、プラス数%だったのですから、2020年度のGDPは、前年比十数%の落ち込みです。これは規模的にいうと「恐慌」といってもよいレベルでしょう。
しかし、それにしては何か世の中は「落ち着いて」いるように感じます。それは数字よりも人々のダメージの実感値が小さい、ということを示唆します。一年の締めくくりとしてこの問題をちょっと考えてみます。
◆コロナ不況の日本を支える二つの「贈与 gift」
まず、一つ思い当たるのは、「原油安」です。2020年初は、1バレル60ドル近辺でしたが、4月末には一時的に20ドル/バレルを割り込みました。これは取引決済(手仕舞い)のためのパニック売りという特殊要因があったせいで、その後は戻しますが、それでも40ドル/バレルのラインをなかなか突破できませんでした。12月になり、漸く50ドル/バレルを窺う、という調子です。2020年1年間通してみると、30%超の下落率です。
二つめは、「ドル安円高」です。2020年中のピークは3月・5月の114円/ドルですが、12月に入り、ほぼ103円/ドル台に落ち付いてきました。年間約10%の円高です。
◆原油価格動向
※出典「原油先物(WTI)価格の推移をグラフ化してみる(最新) - ライブドアニュース」
◆ドル円相場動向
※出典「ビジネス特集 経済データで見る新型コロナの半年 | 新型コロナ 経済影響 | NHKニュース」
◆交易条件の劇的改善
売り手と買い手を媒介する価格は、財の価値を表す指標であると同時に、相互にとり価値の分配を決定します。売買価格の高騰は売り手の利益(所得増)、その低落は買い手の利益(所得増)に直結するからです。
交易条件=輸出物価指数/輸入物価指数〔輸入財で測られた輸出財の相対価値〕
交易条件の分配論上の効果はこうです。交易条件の上昇は海外から国内への所得移転、その下落は国内から海外への所得移転、となる。
※出典「輸出入の物価差、所得8兆円生む 日本に原油安の恩恵: 日本経済新聞」
◆小括
2020年のコロナ・ショックは、日本のGDPを年間で10%以上減少させる規模のものでした。そのままであれば、かなり甚大な影響が国内経済に露わになっていたでしょう。例えば、失業者がホームレスの群れとなって大都市のあちこちに目立ってくる、等です。
ところが天の配剤か、ここ数年の交易条件の悪化を逆転するほどの変化が輸入物価に起き、GDP減少をかなり緩和する働きをしました。原油価格の暴落とドル円相場の円高がそれです。
交易条件の、2020年における大幅な改善
1)原油価格の暴落
2)為替相場のドル安円高傾向
この二つの現象が同時に重なり起きたため、コロナ禍の日本経済への負の影響を、「恐慌」ではなく、「不況」程度に留めた、と言えるでしょう。
ただ、「原油安」、「ドル安円高」が、来年度まで継続するとはちょっと想像できません。従いまして、日本経済にとり、来年こそ「コロナ禍」の負の影響を剣が峰で残せるかどうか試される年であると思われます。
◆参照サイト、文献
本記事は、上記に引用参照したサイト記事〔図表〕以外に、下記のものを参照しています。
1)赤松健治「海外からの所得の動向」『商工金融』2020年11月号
2)小野寺莉乃・有田賢太郎「ドル安円高の持続性」みずほリポート、2020年12月29日
以下の2点は、日本経済における交易条件悪化の過程を分析したものです。従いまして、本記事とは真逆の過程ですので、それらの因果過程を逆向きにたどることで、今回の事例を理解するのに役立ちます。
3)泰松真也「交易条件悪化からみた日本経済」みずほリサーチ、March 2008
4)水野 和夫「原油価格とROE経営が賃金を下げ続けた|日経エネルギーNext」
※下図、水野論文より。原油価格と交易条件の正の相関関係をプロットしたもの。
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