« 小説「ジョゼと虎と魚たち」(田辺聖子/1984年)② | トップページ | 寄生獣〔岩明均:1988-95/アニメ2014-15〕② »

2021年9月17日 (金)

寄生獣〔岩明均:1988-95/アニメ2014-15〕①

◆漫画作品について1
 漫画としての本書は、傑作として評価の定まった作品と言ってよいでしょう。それは、先年93歳で没した鶴見俊輔が、『寄生獣8 完全版』(2003年6月23日刊)に下記の一文を寄せているのをみても諒解できます。

※ご参照 寄生獣〔岩明均:1988-95/アニメ2014-15〕②: 本に溺れたい

◆漫画作品について2:鶴見俊輔評

 私は八十歳になるが、生涯に読んだもっともおもしろい本の一つとして、『寄生獣』をあげたい。
〔中略〕
 『寄生獣』を読んだのは、十年くらい前だった。町の本屋で十冊買ってきて、夕食後に読みはじめた。二、三冊読むうちに、この世界にとらえられた。夜もふけてきたし、心臓の手術もしたあとだから、寝たほうがいいと思ったが、それは理性の判断であって、それに従いたくない。倒れてもいい。このまま読みつづけたい。十巻全部読み終わった時には、夜があけていた。
〔中略〕
 この本を七十歳の時に読んだ。それから十年たって、今、八十歳。これまでに、これほど熱中して読んだん本は、あった。低い書棚から一冊、岩波文庫を取り出して、しゃがんだまま読みだして、読みはじめた時に外は明るかったが、読み終えた時に、外は暗くなっていた。ツルゲネフ『ドミトリ・ルーディン』という本である。〔中略〕そのとき私は十五歳だったから、しゃがんだまま一冊の本を読み通せた。今は、そういうことはできない。
〔中略〕
 やがて寝たまま、本を持ちあげる力もなく、まぶたに思いうかべる本は、なにか。『ルーディン』が六十五年私の中に残っていたように、『寄生獣』も、そのとき、私の中にのこっているのではないだろうか。

 また鶴見は、『思い出袋』2010年岩波新書p.44、でこうも書いています。

 片岡義男から、「オールマイベスト」という言葉を教えられた。自分のこれまで読んだ本のうち、今、心にのこっているものをあげるということだ。眠りからあがってきたとき、自分にとって、なにがのこっているか。2003年10月18日朝、私にとってのベスト・ファイヴというと、水木しげる『河童の三平』、岩明均『寄生獣』、宮沢賢治「春と修羅」、ウィルフレッド・オウエン「ソング・オブ・ソングズ」、ジョージ・オーウェル「鯨の腹の中で」があがってきた。

 

◆アニメ作品について1
 アニメ化されたのは、原作完結後、約20年後のことでした。メディアミックスされる以前に累計1千万部売上ていたということですから、原作の持つパワーが推し量れます。なぜ、アニメ化や実写化が遅れたかというと、映像化権がアメリカの事業者に渡っていたものの契約期間が終了するまで、彼らが作らなかった、ということのようです。

 しかし、このことは「怪我の功名」でむしろ僥倖でした。20年の時の流れが原作の声価を定め、視聴率(や売上)云々といったことで、コンテンツがいじくり回される暴挙が回避されたからです。その上、この20年は、この傑作漫画を読み成長し、真価を理解できた人々が制作者となるという二重の幸運を作品にもたらしました。

 岩明均の原作は「月刊モーニング」誌に5年間にわたり連載され全64話となっています。そんな長編でありながら、上記の鶴見俊輔のように、70歳の老哲学者でさえ読み出したら止めようがなく一気に一晩かけて読み通してしまう磁力がこの作品にあるのです。その力は、アリストテレス大先生が言う、傑作ドラマが持たなければならない、「始め」「中」「終わり」、の緊密な構造を、原作者岩明均がこの作品に与えたことに負います。

 従いまして、第三者が外部から何かの思惑を持ってこの傑作に手を加えようとすることは、その作品世界を支えるドラマツルギーを破壊する結果となります。上記「幸運」と言いましたのはそのためです。

 アニメ化を推進した制作チームは、原作全64話を、忠実によくアニメ全24話に実現しました。文字通り、animate(魂を吹き込む)に成功したと評せます。それは制作チーム全員のこの原作に対するリスペクトのなせる業だと思います。

 ただ、さすがに20年を経過すると、原作の舞台となった高校生活の描写は古びてしまうのは避けられません。ヒロインの髪型、キャラクターの変化やPC、スマホの登場は仕方なく、するとそれに合わせて(部分では済まず)全体的な微調整が必要となります。それは原作全体が緊密に一つ(unity)に統合されているからに他なりません。原作者も承認の上でのシナリオ変化が加わり、そのおかげで、本作は素晴らしい21世紀の物語として現代に蘇りました。製作スタッフの労を多としなければなりません。

 本アニメも原作に劣らず、日本(長編)アニメ史上の最高傑作の一つです。原作のコンテンツに動画でこそ表現可能な場面があるため、むしろアニメ化を待っていたとさえ言えます。それは、とりわけ奇怪な、そしてスプラッターなシーンです。パラサイトが攻撃に移行する際の頭部がスライスして変形していく場面や人間を捕食し、殺戮するシーン。また、新一・ミギーとパラサイトたちとの戦闘の場面。これらには、動画化がリアルな効果、恐怖や気持ち悪さを、顕著にあげています。小説、映画、等の他のエンターテイメント作品と比べても、群を抜くものとなっていると思います。

◆アニメ作品について2〔声優たち〕
 文字媒体の小説や静止画とコマ割りの表現による漫画と比較して、アニメ作品の特徴は、動きと音声です。とりわけアニメ作品では、声優の役割は大きくなります。功労者は、2006年の「涼宮ハルヒの憂鬱」でヒロイン涼宮ハルヒを演じ、主人公の「右腕」となるパラサイトのミギーを演じた平野綾でしょう。人工的に変換した音声に乗り、中性的、無機質・無感情のパラサイトを巧みに演じています。無論、主人公泉新一役の島﨑信長、ヒロイン村野里美役の花澤香菜もこの物語のキャラクターによく合っていました。しかし、ミギー役の平野綾に並ぶインパクトがあるのは、敵役パラサイト田宮良子役を演じた、田中敦子です。ご承知のように田中敦子の落ち着きはらった知的で官能的なアルトの声は草薙素子〔攻殻機動隊1995~の「少佐」〕でその魅力を遺憾なく発揮していますが、本作でもパラサイトの最知性派田宮良子役として重要で効果的な役割を果たしています。また、全ての回でエンディングテーマとしてが流れる、「IT'S THE RIGHT TIME」(歌:三浦大和)は、一話見終わったあとの粟立つ感覚を鎮めてくれます。良い曲だと思います。



 本アニメ作品も一度見出したら、最終24話まで画面から眼を離せなくなりますので、土日にご覧になることを,老婆(爺)心ながらお勧めします。有料配信サイト(Netfix, amazonプライムビデオ、等)で手軽に観賞できますので、是非。

|

« 小説「ジョゼと虎と魚たち」(田辺聖子/1984年)② | トップページ | 寄生獣〔岩明均:1988-95/アニメ2014-15〕② »

アニメ・コミック」カテゴリの記事

書評・紹介(book review)」カテゴリの記事

cinema / movie」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 小説「ジョゼと虎と魚たち」(田辺聖子/1984年)② | トップページ | 寄生獣〔岩明均:1988-95/アニメ2014-15〕② »