飯田哲也「複合危機とエネルギーの未来」岩波書店『世界』No.952(2022年1月号)
飯田哲也「複合危機とエネルギーの未来」岩波書店『世界』No.952(2022年1月号)
参加しているMLから資料をご教示頂きました。標題がそれです。文中、気候危機への対応をめぐって、二つの極論がある、とされています。「エコモダニスト」と「脱成長論」の二つです。
エコモダニストとは、技術革新によって、二酸化炭素排出量や物質循環の増大と経済成長を「デカップリング(分離)」することで、環境悪化を抑制し、同時に経済成長を続けることができる、とするもの。原発や炭素回収、ジオエンジニアリングなどに軸足があるテクノロジー万能論からの加速主義の一種、とまとめられています。
脱成長論は、気候変動の深因が際限のない経済成長であり、資本主義による格差や貧困などの問題とも相まって、無限の成長形態に終止符を打つべきだという主張、と要約されています。
著者は、化石燃料代替を原子力に期待するエコモダニストに対して、元原子力エンジニアの立場からその非合理性を批判されています。
一方、返す刀で脱成長論者へは、次の3点から批判されています。
1)政治的、時間的リアリティがない。既存の社会構造を基本から変化させる、それも十年や二十年の単位で変えることは、国際政治的にも、時間的にも困難。
2)自然エネルギー利用の近年の飛躍的発展を無視している。人類が積み上げてきたテクノロジーの累積的学習効果を無視すべきではない。
3)現代の文明史的移行は、化石燃料文明から無尽蔵で永続的な太陽エネルギー文明への過程であることが認識されていない。
私自身は明確に「脱成長論」です。従いまして、著者の上記3点へ応答すべきだろうと勝手に思いましたので、以下試みます。
応答1)著者の「そうできればいいけど、そう簡単にはいかないでしょう?」ということは全く同意します。したがいまして、私は社会構造を《(例えば農業中心の)脱成長派モデル》へ、例えば21世紀半ばまでに人類が意図して変革「できる」とは考えません。しかし、社会構造が中長期的に変化「してしまう/せざるをえない」だろうと思います。つまり、ハードランディングです。だから、私の希望的展望は、ささやかなものです。今の青少年たちの人的犠牲を出来る限り軽減するために、現在の大人、老人世代はやれることをやって死にましょう、ということです。
応答2)私の認識は、今年で出版から40周年になる槌田敦『資源物理学入門』1982年NHKブックスNo.423、と変わりません。「技術は、対象物にすでに存在する能力を超えては発揮できない」p.92、そして、現代の人類の「科学技術というのは、石油を使う技術である」同頁、から、「科学技術は、石油の持つ能力の範囲内では何でもできる。しかし、石油の能力を超えては何もできない」同頁、と判断します。従いまして、現生人類の人口規模、物的な活動規模、を維持しながら、石油テクノロジーを(原発だけでなく)自然エネルギー・テクノロジーであっても代替させることは不可能だとみます。現代の人口規模、物的活動規模は、「石油の持つ(最大限)能力」で維持されている、すなわち石油による「上げ底」文明ですから、かつての超巨大油田のように濃集せず、地域分散的にしか産出運用できない自然エネルギーでは役者不足も甚だしいことになります。
応答3)「太陽光が無公害エネルギーであるといわれている。実は、これは違っている。地上における最大のエントロピー(汚染)発生者は太陽光なのであ」(同書p.133)り、その汚染を拭いとるのが、水です。したがいまして、太陽が燦燦と照りつける砂漠は(たいてい)死の世界です。太陽系の内惑星、水星や金星表面は、たっぷりと太陽光が照りつけますが、水星の表面温度は昼間の温度は430℃、夜にはマイナス180℃で、金星の表面温度は昼も夜も摂氏460度です。戦後日本が「無資源国」であるにも関わらず、かつての「帝国日本」が羨望する「経済大国」になれたのは、cheapで潤沢な工業用水とcheap oil を結びつけられたからですし、19世紀後半の米国で、「石油文明」の雛型が誕生したのは、たまたま石油原産国であり、それと同時にゆたかな水資源にも恵まれていたから、という「選択的親和」メカニズムが働いたからです。本当かどうかは確認できていませんが、水道水を直に飲む習慣があるのは先進国では日本と米国だけだ、という話も私には頷けるエピソードです。
飯田氏から、古代エジプトの太陽神ラー信仰のようなものが飛び出てきたことには聊か驚きを禁じ得ませんが、これは飯田氏だけではないかも知れません。
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