関 曠野とフェミニズム(2)
(1)の続きです。この第二弾は、下記の本の書評となります。
ドロレス・ハイデン『家事大革命 アメリカの住宅、近隣、都市におけるフェミニスト・デザインの歴史』1985年12月、勁草書房刊、東京
本書、vii に、下記の言葉が掲げられています。ちょっと面白いので転載しておきます。
Away with your man-visions! Women propose to riject them all, and begin to dream dreams for themselves.
Susan B Anthony, 1871
(あなた方が持っている男の夢は捨て去りましょう!
女たちはそれらをすべて拒否し、自分自身のために夢を見ることを始めようではありませんか、スーザン・B・アンソニー、1871年)
関 曠野「マテリアル・フェミニズムの系譜」1986年
「またフェミニズムの本か」などと言わないで欲しい。現代社会の変革への展望をめぐってこれほど重要な問題を提起している本は、そうざらにはない。米国の女性建築家ハイデンは本書で彼女がマテリアル・フェミニズムと呼ぶ米国土着の女性解放運動の系譜を十九世紀中葉にまでたどりつつ、この「失われた伝統」の全容を、メルシナ・パース、シャーロット・ギルマンら主要な指導者の横顔に、協同住宅、公共キッチン、女性労働者用セツルメントといった日本では従来未紹介のエピソードを交えて浮き彫りにしている。マテリアル・フェミニズムは著者によれば、フーリエとオーウェンの影響の下に家事の社会化、主婦労働の有給化、住宅の集合化を追求し、家庭という女性の伝統的な仕事の場における女性の権利の拡大、「女性の領域」の女性による自主管理と社会化をつうじて、都市と産業の労働者管理をめざした運動だった。
フェミニズムの枠を超えたこの本の重要性は何よりも、「解放はマテリアルな問題として提起されねばならない」という主張にある。「空間的想像力」に欠け都市や居住環境や日々の仕事の在り方に無関心な唯物論などというものは、語義矛盾でしかあるまい。そして抑圧や差別もまたマテリアルな問題なのだ。現代資本主義の繁栄は、政財界が意図的に推進した一戸建てマイホームへの主婦=消費労働者の幽閉と不可分であることを本書は明快に解き明かしている。
著者は言う。「1920年代初頭、電気器具メーカーは、当初、ホテルやレストラン用として開発し、協同家事協会でも使われた大型の電気器具類を、一家族用に小型化した。(中略)電気器具を小型化し家庭へ導入することの中には、未来のエネルギー危機の種が秘められていた」「AFL=CIO(アメリカ労働総同盟)のメンバーの四分の三以上は、自分達の住宅を長期ローンで購入した。国の政策は、男性に対しては郊外に住宅を所有することを援助したが、女性に対しては夫を通さなければ住宅を手に入れることができない、というものであった。」そして都市集合住宅から一戸建て郊外住宅への「家事の退化」の結果、台所は大いに電化されたが、「女性の領域のうちで主婦が管理していた部分は、産業資本主義初期におけるよりも少なくなっていた」資本主義は、利益の多い商品やサービスに取り替えることができる家事労働だけを社会化し、炊事、掃除、育児は主婦の仕事として残したのである。」
他方でハイデンは、「今日のフェミニストは家庭を攻撃はしたが、家庭生活にかわる理念としてほとんど何ものも提案していない」と言い、現代の一戸建て住宅を当然視してフェミニスト的住宅というかつてのマテリアル・フェミニズムの構想を放棄した現代フェミニズムは、家庭と言う伝統的な基盤から分断され、右翼や保守派の家庭讃歌に譲歩する羽目になったと指摘している。これは傾聴に値する見解ではないだろうか。
しかしながら本書においても、フェミニズムはパラドックスにみちたものである。著者も認めるように、男女家事分担論と主婦労働の有給化には矛盾があるし、家事の協同組合化が中産階級の女性による下層階級の女性の管理と搾取になったり、専業主婦とキャリア・ウーマンの反目を深める結果にならないとも限らない。だがフェミニズムの要求が現存する社会構造の枠内では、このようにパラドックスを生み出すに終ることは、この運動の真の課題が男女が共同して文明のルールを変更することにあることを暗示するものといえよう。その意味で、家事空間の公的空間からの物理的分離、家庭経済の政治経済からの経済的分離に反対し「家庭を世界に拡大しよう」としたマテリアル・フェミニズムの遺産は、むしろ社会主義思想の混迷が深まる現代においてこそ、反資本主義的な変革運動の理念や戦略のうちに力強く再生してきそうである。
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