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2022年11月28日 (月)

尾藤正英著『日本の国家主義 「国体」思想の形成』2020年岩波書店(オンデマンド版pbk)

 故尾藤正英氏の、思想史関連(近世/近代日本の国家思想史)の論文を集めたものです。白眉は、「尊王攘夷思想」1977年、「国家主義の祖型としての徂徠」1974年、の二編。

1)「尊王攘夷思想」1977年
 これは類編があまり思いつかない、《徳川国家思想史》です。論文タイトルから、古色蒼然としたものを連想しがちですが、さにあらず。徳川二百七十年間を概観する、国家思想史の、一大パノラマとなっています。必読の一編。

2)「国家主義の祖型としての徂徠」1974年
 この論文は、今日まで続く学界の徂徠観を決定的にした画期的論文です。50~70年代に影響力を持った丸山真男の「近代主義的」徂徠観が白「徂徠」なら、尾藤正英の徂徠観は黒「徂徠」と言えるでしょう。荻生徂徠への史家たちの態度を一変させてしまいました。その意味で記念碑的論文です。これも必読。

3)松平定信、伊藤博文、そして美濃部達吉
 さて、この三者に共通点があります。なんでしょう? それは、皆「ミカド(「天皇」)機関説」だったという点です。しかし、美濃部はいいとして、寛政期の松平定信や、明治初期の伊藤博文が「機関説」とは?

 この謎解きは、本書pp.44-5の記述〔形式上の尊王と実質上の政務委任〕の件(くだり)、本書所収「天皇機関説事件のトリック」、および、尾藤『江戸時代とはなにか』2006年岩波現代文庫所収「日本史上における近代天皇制」p.247, p.261, で尾藤が取り上げた、伊藤が中心となって編纂した明治憲法、就中、第三条「無答責条項」が、先ほど指摘しました、本書p.44-5に尾藤の言う大政委任論「君主として負うべき個人的な責任を解除されている」と、皆実質的に同じことを指している、ということに基づきます。

 つまり、徳川後期(19C)の寛政・松平定信の大政委任論から、伊藤博文の明治憲法解釈、美濃部まで、一貫して「ミカド(「てんのう」)機関」説、という訳です。54歳の尾藤氏(「尊王攘夷思想」論文)、67歳の尾藤氏(「日本史上における近代天皇制」論文)、89歳の尾藤氏(「天皇機関説事件のトリック」論文)と主旨は同じですが、議論のベクトルは真逆になっているのは、なぜなのか?少し私にはわかりかねる部分ですが。

 いずれにせよ、知的興味の尽きない、論文群といえます。ぜひ手に取って読んでいただきたいものです。

以上、amazonレビュー投稿分(20221129)。

尾藤正英『日本の国家主義 「国体」思想の形成 』2014年(2020年オンデマンドpbk)岩波書店、viii, 294p
内容目次(下記中の数字は全て頁数)
 第一部 「国体」思想の発生 3;尊王攘夷思想 8;皇国史観の成立 53
 第二部 山鹿素行の思想的転回 101;伊藤仁斎における学問と実践 146;国家主義の祖型としての徂徠 167;本居宣長における宗教と国家 222;水戸学の特質 239
 第三部 伊藤仁斎の思想における「道」269;天皇機関説事件のトリック 282
解説(鈴木暎一 285-294)

※ご参照
徳川期の「天皇機関説」/ The Constitutionalism of "the Emperor" in Tokugawa Japan: 本に溺れたい



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コメント

ありがとうございます。

そうですよね。

居ることはいますよね・・・伊勢崎賢治さんとかもいますし。

今のところは「邪曲、直に優る」状態。


あと、天皇はじめ「上官の命令責任が無い」のでは、「敗責は将にあり」といえど、一向に機能しないですから・・。


最終的には「天皇が責任を取らない」って国家の在り様こそが、最大の問題でしょう。
いくら憲法が規定しても「天皇が無責任」なのは変わりないですからね・・天皇個人に責任が無いのなら「天皇」というシステムが責任を負い「廃止」ってできなかったのが、最大の問題とおもえます。
まあ飛躍して論理が練れてないですけど。

お返事ありがとうございます。


投稿: 遍照飛龍 | 2022年12月 9日 (金) 11時02分

遍照飛龍 様
コメント、ありがとうございます。

On 2022/12/04 10:57, ココログ wrote:
> 私は「民主主義を支えるのは庶民」というのは正しいとは思いますが、それに行き付くまでは、エリート?知識人の役割が巨多と思います。

遍照飛龍さまが日本のエリートと絶望されるのは、まあ理解できます。
しかし、下記のように言い放った、エリートも過去に実在し、活躍していましたので、諦める必要はまだない、かも知れません。

「私は、戦に勝つのは兵の強さであり、戦に負けるのは将の弱さであると固く信じている。私はこの考えをルワンダにあてはめた。」
服部正也『ルワンダ中央銀行総裁日記』中公新書増補版2009年、P.298

※下記、ご参照
大正時代の可能性: 本に溺れたい
https://renqing.cocolog-nifty.com/bookjunkie/2017/08/post-d78b.html

投稿: renqing | 2022年12月 8日 (木) 03時44分

お返事ありがとうございます。

私は「民主主義を支えるのは庶民」というのは正しいとは思いますが、それに行き付くまでは、エリート~知識人の役割が巨多と思います。

いくら制度で「民主主義」って言われても、国家が不正選挙して、それを暴けないと意味がない。
スターリンでしたかか「選挙で一番偉いのは、票を数えるやつですは」
然りですよね。

でも、日本のように長時間労働で、「政治参加意識」を学校・職場から削り取るようなシステム・思想であれば、庶民は「知見・知識」という武器もなく「議論する時間と体力」という錬磨も場所もない。

庶民が「民主主義を実践」するための、場と時間が少なく、さらにそれを吟味する知見も無い。

てなると、それを支え守るために知識人・エリートが踏ん張るしかない。

でもそれが最初から庶民・民主主義ではなく、組織・立身出世に忠誠を誓うような人の方が圧倒的に多いとなると、そんなのは「偽装民主主義」でしない。
武器もなく検証もできない庶民が「民主主義」を武器でなく、選挙と日常生活で守るための行動すら取れないって状況になる。
それでもその「民主主義」を実行できるように思えるのは、相当の馬鹿か売国奴だけです。


まあ、その「知識人の奮闘を、庶民が応援できるか否か」は、庶民にも掛かってはいますが、現状のマスコミ・学術の世界での「帝政日本と外資へのヒラメ的崇拝と服従」の現状では、分断と讒言で、至難の技とおもえます。


余りに分断され、あまりにアトム化してしまった日本では、帝政日本で有る限りにもう民主主義もその生存も極めて困難な状態にあると、私は勝手に思ってます。

有史以降、日本の知識人で、天皇を打倒するほど戦った知識人はいない。朝鮮半島の鄭道伝とかが羨ましいです。
それがあまりに大きな「十字架」「鎖」に思えます。

投稿: 遍照飛龍 | 2022年12月 4日 (日) 10時57分

遍照飛龍 様

コメントありがとうございます。

また、価値あるサイトをご紹介いただきました。グローバリゼーションへの根拠のある批判として非常に参考になりました。ありがとうございます。

>まだ江戸時代のほうのが、法治的にマトモでしたよね。

徳川日本では、武士は「護民官」であるという倫理が多少とも本気で信じられていましたから。悪徳代官は少なくなかったでしょうが、それ以上にそこそこ清廉な代官も平均的に多かったと思います。社会科学的思考法の欠如で、善意で結果的に悪政を布いてしまった御仁もいるでしょうが。

中国史は詳しくありませんが、下記の言を読み、顧炎武こそは新のデモクラットだ、と思いました。偉い人物です。デモクラシーを支えるのは、エリートではなく、匹夫、です。

「保天下者。匹夫之賤。與有責焉耳矣。」
天下を保つ者は、匹夫の賤、与かって責め有るのみ。(天下を保持するのは、一人一人の人民が関与して責任を持たねばならないことなのである。)
※下記ご参照
天下を保つ匹夫(顧炎武)/ Is Gù Yán wǔ a democrat?: 本に溺れたい
https://renqing.cocolog-nifty.com/bookjunkie/2005/08/post_431c.html

投稿: renqing | 2022年11月30日 (水) 13時50分

ありがとうございます。

まだ江戸時代のほうのが、法治的にマトモでしたよね。

ただ、
「天皇が大臣と組んで、失政・悪政をした場合はどうすんの」
ってのが抜けていて、それが「天皇無答責」の最大の問題なのでしょうね。

「大臣・内閣の愚策を、命欲しさに見逃す。利欲のために大臣と一緒の悪政をする」って・・それは万々歳。
なのが「天皇の無答責」考えりゃ、これを利用して官僚・政治家は好き放題に国家を運営するのが可能ですからね。

王衍に石勒が
「貴方は太尉の要職にあり、天下の名流であろうに、今さら国家の大事に与り知らん身だと言えた義理か。晋の天下をめちゃくちゃにしたのは貴方の責任だ」
て罵倒し

ムスタアスィムは「フレグに無策、無能を罵倒され、2月21日[2]に処刑された。」

と。

でも、天皇って、日本社会に当事者意識など無かったのだろうね・・・と思いもあります。


なんつうか「大都市エリートが民主主義を滅ぼしてしまう理由」
https://toyokeizai.net/articles/-/631573

て文章がありますが、それと似たようなものを感じます。


大都市エリートが支配してかつ彼らがバカなら、天皇の無答責もまかり通っていく・・・てことなのでしょうかね・・


お返事ありがとうございます。

投稿: 遍照飛龍 | 2022年11月30日 (水) 09時41分

遍照飛龍 様

コメントありがとうございます。
本記事の最下段に、
徳川期の「天皇機関説」/ The Constitutionalism of "the Emperor" in Tokugawa Japan: 本に溺れたい
という、弊ブログ記事のリンクを貼ってありますので、そちらのほうがより詳しくこの議論を追跡しています。一度、ご参照ください。

大日本帝国憲法
第三條「天皇ハ神聖ニシテ侵󠄁スヘカラス」
「天皇は神聖で犯すことはできない」

なぜかというと、
第五十五條
1,國務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス
2.凡テ法律勅令其ノ他國務ニ關ル詔勅ハ國務大
臣ノ副署ヲ要ス
つまり、天皇のやることは、すべて国務大臣の輔弼(サポート)のもとに、その副署(サイン)を伴って、有効となるからです。

これで、憲法政治としては理論的に完璧で、天皇は独裁的、独断的統治をすることは憲法上できない仕組みです。いちいち国務大臣の了解と副署のもとに行われますから、なにかトラブルや失政があれば、それはすべて、輔弼した国務大臣の責任となります。したがいまして、国務大臣も天皇の無茶な気紛れから出た意思決定や行動には内諾および副署をしない、という理屈になります。

逆に、もし天皇が国務大臣の輔弼や副署なしで、何か仕出かした場合、実行者の天皇は、この憲法に違反しているので、憲法の庇護を受けることはできません。つまり、天皇に統治責任が発生します。

従いまして、「天皇機関説事件」や「統帥権の干犯/独立」政治クーデタは、自動的に天皇の有責を帰結します。

憲法理論の理屈から言いますと、戦前からの憲法学者は、すべて、敗戦後、天皇が戦争を始めた責任と、皇軍が戦争に負けた責任を、天皇に向けて追及しなければならなかったのですが、どうもそうはなりませんでした。

終戦直後から、大日本帝国元臣民たちや旧軍将官たちのほうに、昭和天皇退位論が沸々と渦巻いていたのは、むしろ合理的だったと思われます。

投稿: renqing | 2022年11月30日 (水) 01時49分


なんつうか、

「天皇の無答責」が、

「上官の命令責任が無い」


{【国際法上の重大な犯罪が起きた時に命令権者を正犯にする】
日本の法制に、これが根本的に欠けているのです。その国際法上の重大な犯罪を規定する様々な条約を批准してきたにもかかわらず、です。

伊勢崎賢治氏のツイッター

https://twitter.com/isezakikenji/status/1240813086862262274

より}

「組織罰が無い」

てのの、原因と思ってます。

できたら、一度読んでみたいです。

国体ができたは、法治も国家も死んでもた。

それが明治帝政~近代日本なのでしょうね。

なんせ「命令権者」のトップが責任を取らん「無責任国家」ですからね・・・


投稿: 遍照飛龍 | 2022年11月29日 (火) 23時42分

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