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2025年5月 7日 (水)

メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲 ホ短調/Felix Mendelssohn's Violin Concerto in E minor, Op. 64

この曲を聴くと、苦笑いとともに亡き母を思い出す。

母はいわゆる西洋のクラシック音楽を毛嫌いしていた。「歌詞がない」「うるさい」というのが理由だったような気がする。それに対して父はクラッシックが大好きだった。昭和40年代、セパレート型ステレオなるものが巷では大流行りで、それが居間にデンとあると何か教養と趣味の高さを示すかの如く思われていた。いわゆる庶民のステータスシンボルだ。父もご執心で、高性能の新型が出ると、うかうかと買い換えた。当然、それで優雅に聴くのはクラッシックの名曲と相場が決まっていた。LP盤のクラッシック名曲集なる厚ぼったい大判の本が棚を埋めていた。かくいうその頃チビだったブログ主も、カッコつけてヘッドホンでせっせと聴いていた。しかし、母が大好きだった美空ひばり、森進一、演歌などはその機械に決してかかることは無かった。そもそも家には、その手のレコードがなかった。

その頃は、毎年の大晦日、NHKの紅白歌合戦は国民的行事で、どこの家でも、夕方から深夜にかけて、テレビに家族でかじりついていた。父は歌謡曲が嫌いで、当然、美空ひばりは嫌い。無論、紅白歌合戦も嫌い。母はこの時とばかり、日頃の鬱憤をはらすかのように、(TBSのレコード大賞から続いて)紅白歌合戦を死守した。いくら、裏番組で父の大好きななんとか洋画劇場があっても、年の瀬のこのときだけは決してチャンネルを譲らなかった。すると父は決まって、大晦日の夕方から夜にかけては、日曜大工を庭でやっていた。

母がクラッシック音楽を嫌悪していたのは、自分の趣味にあわないと言う事のほかに、父への反発もあったかも知れない。

ある日曜の昼下がり、テレビCMが流れていると、母が「これいい曲ね」とお勝手から居間にやってきた。その時、流れていたのが、「たーたたーた、⤴たた⤵た⤴たたた⤵た⤴た⤵たー」という、バイオリンが奏でる美しい旋律だった。当時は、もちろん、ネットは無い、Youtubeもないから、気軽に検索はできない。父もクラシック好きというわりには、超有名どころの、ベートーベン、ショパン、シューベルト等の、ポピュラーなアルバムしか買っていなかったし、私もどこかで聴いたような有名な曲かな?、くらいしか見当が付かなかった。我が家のLPストックに多分メンデルスゾーンは無かったのだと思う。

音楽CD(コンパクトディスク)がソニーとフィリップスによって共同開発されたのは1982(昭和57)年で、そこから急激にアナログレコードからCDへ音楽の媒体が入れ替わる。その頃私も社会人になっていたが、まだ懐は寂しくCDプレーヤーもCDも(私にとって)高価だった。音楽を聴くのは、専らラジカセと音楽カセットテープだった。おそらく1980年代後半から、私もCDプレーヤーとCDで音楽を自力で楽しむようになっていた。それでクラシック音楽のCDも買うようになったとき、この曲を聴いて思い出し、母に買って贈った(はず)。母は喜んだ(はずだ)が、やはり自分で聴くCDは、歌謡曲や演歌ばかりだった。

Itzhak Perlman - Mendelssohn: Violin Concerto in E - Various Conductors & Orchestras/Fan Compilation - YouTube

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