高木貞治「ヒルベルト訪問記」1932
1932年10月8日、ゲッチンゲンに於いて
S-君
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晩の7時15分少し前から Wilhelm Weber 町29番地の前の歩道を僕は行きつ戻りつしていました。星の見えたのは近頃珍しいが、秋風が冷っこくなってリンデの落葉が二ひら三ひら散らばっているなどは誂え向きの道具立てです。
其処で僕は或る Fraulein と rendez-vous があったのです。フロイラインというのは Prof. Dr. Emmy Noether* 女史です!
* ブログ主註 Emmy Noether については、
弊ブログ記事 現代数学の5人の建設者たち: 本に溺れたい の、3. Emmy Noether, (1882 - 1935) を参照。
ヒルベルト先生を訪問するのに、僕一人では話が途切れたときに困るだろうというて、親切な N さんが同行してくれる約束なのです。
Wilhelm Weber の町29番地。H先生のお宅も随分久しいものですねェ。昔ながらのささやかな ―あれは「柴折戸」としておきたい。それから広くもないあの「前栽」。それはしかしながら三十年間に木立が茂って、李だか梨だか、暗くて分からないが、丁度季節ではあり、定めて老先生夫婦の食卓を賑わせていることでしょう。玄関は矢張り暗いが、勝手を知ったNさんは殆ど案内を乞わないで、「来ましたよ」の科白と取次ぎに出た女中とを後に残して、さっさと例の客間へ僕を導きました。電話で言ってあったのでしょう。「承知していましたよ。よく来てくれたねェ」と言いつつ H 先生は直ぐ出て来られました。今年丁度七十歳の H 先生は血色もよく、昔ながらの童顔に微笑を湛えていられます。四五年前に先生は難治の重病で、病名はラテン語でなんとやら、聞いても忘れましたが、肝臓の故障らしい。一時は殆ど絶望の状態に陥られました頃、丁度アメリカで新薬が発見されて、其の為に一命を取り留めたということです。しかし、その薬だけでは効験不確だから、毎日生肝を四半斤ずつ食っておられるそうです。それでも不治の病だから、若しもこの療法を中止するならば、生命は週を以って数うべきだというのです。これは君も既にご承知でしたね。唯々療法の効験が現れて、今年チューリヒのコングレスへ出掛けるほどの元気が出たのです。
H 先生は一昨年か、退職の後にも大学で毎週一回位ずつ、自由に講義をしているそうです。例の数学基礎論などでしょう。「この冬学期には未だ片付いていない事を全部やってしまおうと思ったがね、助手達が存外批判的(kritisch)でね ーまあまあ無理しないで、ぼつぼつやるより外はなかろう・・・Formalismus(形式論)は重大だ。それは誰でも認めなくてはならない。しかしその Formalismus ばかりでは済ませない所があってね、そこに問題があるのだがね・・・」。くどくどと独り言のようにつぶやく老先生を見て、僕は暗涙を禁ずることを得ませんでした。
数年前に僕は数学基礎論に関して通俗的の解説を述べた折に、H 先生は一生の思い出に凡てのホトトギスを鳴かせてみせるのだというようなことを書きました。それは勿論数学基礎論を解決し了る意気込みを言った積りなのですが、比喩が不適切である為に、僕の意志にない所の、嘲笑というような印象を読者に与える虞がありましたから、「数学基礎論は完成してもよい、又は完成しなくてもよい、只 H 先生は余生を安楽に送られることを望む」という意味を、何処かへ書き入れようと思いながら、それを忘れてしまいました。僕は今それを思い出したのです。毎日三十匁の生肝を食って不治の難病と戦いつつも、駿馬も老いては揚足を若い助手連に時々は取られながらも、どうしても排中律の証明等等を書かずには居られないのでしょう。余生を楽しむなどは論外で、生きながらの餓鬼道ではありませんか。恐ろしいのは、これも不治なる知識追求症です。
さて N さんはと見ると、これは又明らかに困惑の色を表しています。尤も毎日のように聞かされているのでは、十年振りに会ったものと感じが違うのも止むを得ないでしょう。
H 先生はしばしば話題を転じました。社会問題といったようなものも出ました。人間があまりにも多い。地球があまりに狭い。しかし科学の進歩は、どうにかして難局を打開するだろう、等等。「なに、ロシヤ人などには何も出来やせんがね」などということもあったようです。
話は段々超越的になってきました。「予は人間の無窮の進歩を確信する。そもそも人間の歴史の五千年などは時の無窮に比べて零である。然るに其の間に我々は現在これだけの進歩をしたではないか。いや、それだけではない。科学が説明する如く、幾 milliard の歳月の間に我々は泡のようなものから今日の人間にまで進歩したのだ、億といい、兆といい、知れたものだ。この後無窮の歳月に於て我々は無限に進歩するのである・・・」
miliard 年前の石塊が出た頃に、N さんが僕に目くばせをしました。無限の進歩の所で僕等は起立しました。面白い御話を承って思わず長座を致しました。さぞ御疲れでしょう。有難うございました。御休みなさい。
後でその晩 C 氏の所で聞けば、H 先生の milliard 年の話は近頃当地で有名だそうです。君も milliard 聞かされたか、というようなことらしい。近頃先生は Wells の世界史概説を愛読していられるそうです。(例の一冊物、近頃そのドイツ訳が盛んに行われている由)。
先生が証明論の休み休みに、Wells を読んだり、十億年間の人間の進歩について瞑想したりしていられるならば、それは誠に結構です。若い人達がそれをゴシップにして興じても、構わないでしょう。先ずはめでたし、めでたし!
H 先生の逸話を方々で聞きました。
先生の宅でお客をした晩だそうです。客の来る時刻が近づいたときに、ふと先生の服装を見たケーテ夫人が、
「オー、ダヴィッドよ、汝は汝のネクタイを取り替えねばならない。早く、早く」と言うて、先生を二階へ追い立てたそうです。そのうちに客が揃って、待てど暮らせど先生は降りて来ない。女中を見せにやったらば、先生はベッドへ入って楽々と眠っていた。
〔A君曰く:ネクタイを解くことの解析的延長!〕
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或る月曜日の講義中に、先生のズボンに穴があいているのを、或る学生が発見したそうです。火曜日に見るとやはり穴があいている。それから注意していると、水曜日にも木曜日にも金曜日にも元のままで、先生のズボンの穴が有名になりました。そこで皆が相談して何とかかどの立たない様な方法で、先生に注意しようということになりました。次の週の何曜日か、例のゼミナールの演習の後の散歩の折、先生がトラックの輪にでも触れたことがあったのでしょう。或る学生がその機会を捉えて「危ない! オヤ、先生のズボンが痛みましたよ」と申しました。先生曰く、「どれ、どこが? アア、この穴か。これなら前学期にもあいていたようだよ」。
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も一つ。これも短いが、如何にも先生らしい。或る日先生の宅に来客があった。何かかど立った訪問であったそうです。主客坐定まって、御機嫌がよいの、天気が悪いのというような話がニ三分あった時に、先生がつと起ち上って夫人を顧みながら、「ネエ、ケーテ、大分御手間を取らせたから、もう御飯にしようじゃないか」
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T-
※上記は、すべて下記の本からの引用です。
高木貞治『近世数学史談』1995年8月、岩波文庫、附録 1 ヒルベルト訪問記(pp.215-220)
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