混沌から知識を紡ぐ/ Spinning knowledge out of chaos
蚕が繭をつくるために、口から糸を吐き出します。これを吐糸(とし) spinning と言います。蚕の体内で合成蓄積されていた絹タンパク質が、吐糸口から繭の素材(絹の繊維)として吐き出されることです。蚕1個体から吐き出される繭は約2.2g、その長さはなんと、1300mです。
この吐糸を人間の知識の形成過程の analogy として使ってみましょう。
idea は脳内に胚胎します。まず、本人が「気づき」を直覚しますが、この段階ではいまだ、混沌 chaos です。これを意識の焦点から少しでも遠ざけてしまえば、おそらく次に瞬間には消失してしまい、最悪、「気づいた」事実さえ跡形もなく消えてしまいます。
従いまして、「気づき」を感じたら時を置かず、その混沌 chaos に目鼻をつけなければなりません。まず第一段階のcodingとして、その混沌の全体像を名詞化してみます。いま自分が直面している事柄を、自分にとって知的に操作可能な対象とするには、その対象たる混沌 chaos に呼称があると、とても便利だからです。これはとりあえずの仮称でもよい。自分なりに理解が深まり、より適切な呼称が見つかればその時、変更すればよいだけのことです。
この作業を仮に、頭/心の中だけでしようとすると、その途端に作業効率が低下することに注意しましょう。なぜなら、脳というのは、演算処理(CPU)と演算結果の保存(memory)を「意識/注意」という容量一定のリソースで同時に処理しているため、その限られたリソースの一部を「記憶」に振り分けますと、その分、言語化処理(coding)に割り当てるリソースが減ってしまうのです。従いまして、当面の言語化の結果は、脳の外部にある記憶媒体に保存する必要が出てきます。これが「書き出し writing down」です。
その際、ホワイトボードやノート類に、イメージ図として残すこともできますが、後日、自分で再検証する際、その図の意味を読み取る負担を減らす(その図の巧拙にも左右される)ために文字列(記号列)等の「文」を添える必要があります。
「書く」という行為は、アイデアに形を与える(混沌 chaos に目鼻をつける)こと。人間がその内部に抱える dark matter 、不定形なものを言葉(1次元の記号列、つまり《糸》)として顕現させることです。従いまして、《思想/idea》は、「書く」という行為の度、その瞬間に産み落とされるものであり、脳の記憶野に格納されている知識 knowledge を単に coding したものでは決してない、ということになります。だって、脳内では code として存在できず、混沌 chaos としてのみ、存在し得るからです。
*註 下記の弊ブログ記事もご参照されたし。
「具象以前」湯川秀樹(1961年1月): 本に溺れたい、より引用
「人間は具象以前の世界を内蔵している。そしてそこから何か具象化されたものを取り出そうとする。科学も芸術もそういう努力の現れである。いわば混沌に目鼻をつけようとする努力である。」
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