「至高性」なき人民として
わたしもあなたも「至高」とは無縁のまま、ただ地を這う虫けらや動物のように生きており、かつまたそうしつづけることには或る胆力と膂力が要る。われわれは「至高」ではないが、しかしバタイユ (Bataille, Georges) が言うほど厭わしい汚穢にまみれているわけでもない。われわれはただ普通に生きている。この困難な「普通」をどこまでも持ちこたえていきたいと密かに思う。
松浦寿輝「人民主権」、『黄昏客思』2015年10月、文藝春秋、p.48
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コメント
なるほど。
核武装は、アメリカも容易に許さないはずでしたが、「金がかかる」で許してもらえるかもしれないけど・・
https://shokunin-2008.hatenablog.com/entry/2025/12/22/143108
>核兵器とぃう兵器は日本とは親和性が低い兵器です。なぜなら、
日本の現人神昭和天皇が無責任だった様に、無責任こそが日本の象徴。
薬害エイズ事件も福島原発事故も責任なんぞは取りません。そんな日本の核兵器を
「誰」が「管理」をするのか?事故を起こしても「想定外」でしたなどと言うのが関の山。
原発を管理出来なかった様に管理なんて出来ません。そして今迄そんな有様だったのに
今更、核兵器ですか?
これが痛烈で痛切です。
革命して「責任取れる国家」を作るか、中国の一部になるか。の選択で、天皇とその信者たちは、この二択なら、後者で「天皇の温存」を狙いそうです。
無責任な国が核兵器を持つ自体が人類の災厄。滅ぼした方がベストでしょう。
投稿: 遍照飛龍 | 2026年1月13日 (火) 16時52分
遍照飛龍 様
二重投稿になっていましたので、ダブっている分を削除しました。悪しからず。
>が、その事実を知って広めるのが、唯一にして最強の抵抗法なのでしょうね。
そうでも無いかも、です。
というのも、日本軍(=自衛隊)の「核武装」という untouchable の主題が、政治の舞台に乗る可能性が出てきているからです。
こういうことを言うと、すぐ「非核三原則」を持ち出す御仁がいます。しかし、そんなデタラメを信じている国民なんて、世界に当の日本人以外誰もいません。世界最強の軍隊を持つ米軍が、その在外基地に「丸腰」で自軍を駐屯させる訳がない。第一、極東の安全保障に最も深くコミットしているはずの在日米軍が対峙しているのは、核武装しようとしている北朝鮮王朝と核保有国の中国Red Capitalism です。
そんなところに、もし核武装なしで駐屯させようものなら、米兵だって嫌でしょうし、米国の有権者も自軍を危険に晒す気か、と許すはずがない。いつ核ミサイルをぶち込まれるかもしれないのに。
日本《国民》は、政府に核を「持つな」「作るな」「持ち込ませるな」と要求し、政府も「はい、はい。」と二つ返事しています。しかし、米軍は「軍事機密に属することを開示する義務はない」と門前払いです。
むしろ、米軍による核配備を白日の下に晒せば、自衛隊の後継軍になるかもしれない「国防軍」が核配備することは全く抵抗なしに進められるでしょう。結局、他国にとっては同じことだから。
高市首相は核武装をやりたくて仕方ないかもしれませんが、それはエセ保守には両刃の剣で、積極的に対米自立(在日米軍の退去)を実行することを結果的に意味し、1955年以降の対米従属コバンザメ保守の自壊をもたらすと私は思います。
現代の事実上の、国際間の「自力救済」システムでは、対等の実力(power)を持たない限り、「旦那」を持つ羽目になり、それが「米国」から「中国」にスイッチするだけでしょう。
投稿: renqing | 2026年1月10日 (土) 21時16分
>東大や京大の憲法学者が、どれほど優秀でも、その勤務する「国」立大学の主権が他国に握られているような国家の憲法論に国際的に(「同情」はされて)敬意が払われる訳が無い。
みんな「王様は裸」と言えない。「在日米軍」と「天皇」の二重権威で、その中身なり実体を直視できない日本人。。
「主権のありどころ」を誤魔化すのは、米軍と天皇の双方に好都合だし。
それを保守や右翼が守る、特に右翼は🏺教会を擁護し続けるスーパー売国勢力でアメリカ様の友達。。
もう、打つ手が無さそうです。
が、その事実を知って広めるのが、唯一にして最強の抵抗法なのでしょうね。
投稿: 遍照飛龍 | 2026年1月10日 (土) 20時21分
遍照飛龍 様
明けまして(あまりそうでもない気がしますが)おめでとうございます。本年も、気が向いた折には、弊ブログにコメントを頂ければ幸甚です。
敗戦後、巷間にひろまった政治小話(アクネドート)の一つ。
「宮内庁のお役人は、臍(へそ)だね。」
「なんで?」
「朕(ちん)の上にあるから。」
上記の小話には、帝国《臣民》は敗戦《国民》となってようやく、「御上」をネタにできるようになった、という憂さ晴らしが伺えます。
しかし、それでも、《朕》のずっと上の「頭」には、General Headquarters of the Supreme Commander for the Allied Powers(連合国軍最高司令官総司令部) が屹立している、という敗戦後最大のタブーには手を出せないでいる。
なにしろ、Head で、かつ the Supreme ですから。
1945年以降の、日本国家統治の「主権」の「在り処」をタブーにしてきたのは、1951年の「Treaty of Peace with Japan(サンフランシスコ講和条約)」以降も、軍事・外交に関する日本国の「主権」は依然として、在日米軍(=国防総省=合衆国大統領)に握られたままだ、という事実です。
保守も革新も、政治家も学者も、どういうわけか、この点を直視しない。政治的論点として「改憲」が沸騰しても、この肝心要のポイントを外したら、何を議論しても無意味なのですが。だって、GDP世界4位の経済大国「日本」(2025年中にはインドに抜かれ5位)の、the Supreme な法典は、「日米安保条約および地位協定」なのですから。この安保条約+地位協定を改廃できたら、そこで初めて「改憲」と言ってもいいでしょう。
東大や京大の憲法学者が、どれほど優秀でも、その勤務する「国」立大学の主権が他国に握られているような国家の憲法論に国際的に(「同情」はされても)敬意が払われる訳が無い。
ましてや、そこの国の、植民地総督の地位にある、内閣総理大臣や、植民地官僚に、選りすぐりの東大卒がどれほどいても、相手国の眼には、子どもの使いに見えても文句は言えません。
一人前の大人にとって大切なのは、他者からの「敬意」であって「同情」ではありませんからね。
投稿: renqing | 2026年1月10日 (土) 15時12分
「天皇とその国家」とは、つまるところ「至高性の不在の社会」かもしれない。
でもそれを直視せずに「天皇は至高・神聖にして冒すべからず」で、それが戦後も潜在的に生存している。
での、秩序とは暴力による階層でしかない面だらけになっているのかも。
てちょっと極論だろうけど。
投稿: 遍照飛龍 | 2026年1月10日 (土) 11時08分