プロト言語はどのように生まれたのか ――小鳥の歌と子どもの遊びから考える――
人間の言語は、いつ、どのように生まれたのでしょうか。
この問いに対しては、これまでにも多くの説が提示されてきました。狩猟や労働の必要から生まれたという説、身振りから発展したという説、音楽やリズムに起源を求める説など、さまざまです。
本稿では、それらとは少し異なる視点から、プロト言語(原初的言語)の創発について、一つの仮説を提示してみたいと思います。
■ 小鳥の「言語」は人間より古い
近年の動物行動学の研究によって、小鳥、とくにシジュウカラなどが、ある程度「意味をもつ音声体系」をもっていることが明らかになってきました。
それらは単なる鳴き声ではなく、
・特定の危険に対応する音
・仲間を呼ぶ音
・組み合わせによる意味変化
などを含んでいます。
進化史的に見ると、こうした鳥類の音声コミュニケーションは、数千万年前にまでさかのぼる可能性があります。一方、人類の言語は、せいぜい数万年から数十万年前に成立したと考えられています。
つまり、「意味をもつ音の体系」という点では、小鳥のほうが人間より先輩なのです。
■ 子どもは自然の音を真似る
人間の子どもは、極めて強い模倣能力をもっています。
言葉だけでなく、
・動物の声
・物音
・リズム
・抑揚
などを、遊びとして真似します。
これは現代でも普通に観察される現象です。
おそらく、10万年前の東アフリカでも事情は同じだったでしょう。子どもたちは、森や草原で鳥のさえずりを聞き、それを真似し、歌うように発声していたはずです。
最初から「これは言語だ」などと意識していたわけではありません。単なる遊びです。音を真似し、楽しんでいただけです。
■ 歌のやり取りが始まる
当時の人類は、小規模な集団に分かれて生活していたと考えられています。互いの存在を認識しながらも、頻繁には混交しない集団が、同じ地域に並存していました。
そのような環境で、ある集団の子どもたちが、鳥のような「歌」を発するようになると、別の集団の子どもたちも、それに応答するようになります。
つまり、
歌を投げかける
↓
歌で返す
↓
また応じる
という音声の応酬が生まれます。
これは、現代で言えば、歌遊びや掛け合い遊びに近いものです。日本の歌垣や、わらべ歌、遊戯歌とも共通する構造をもっています。
ここでは、音声がすでに「対話」になっています。
■ 対称性バイアスと意味の芽生え
人間には、「対称性バイアス」と呼ばれる傾向があります。
これは、
自分と他者
発信と応答
行為と反応
を、対称的に対応づけようとする認知傾向です。
歌を投げかければ、同じように返ってくる。返ってきたものに、また応じる。
この反復の中で、音声は徐々に「パターン」として固定されていきます。
ある音型は、ある場面でよく使われる。
あるリズムは、特定の関係性と結びつく。
こうして、遊びの中に、意味の芽が生まれていきます。
これは、意図的な発明ではありません。遊びの反復が、結果として記号化を生んだのです。
■ 遊びから儀礼へ、儀礼から言語へ
重要なのは、「中間段階」です。
単なる遊びが、いきなり言語になることはありません。
想定される過程は、おそらく次のようなものです。
遊び
↓
集団内での定型化
↓
儀礼化
↓
反復による安定化
↓
象徴化
↓
言語化
歌遊びは、やがて儀礼的な要素を帯びます。集団の結束、成長儀礼、交渉、求愛などと結びついていきます。
そこでは、音声が単なる遊びではなく、「意味をもつ行為」になります。
この過程を通じて、プロト言語が形成されたのではないかと考えられます。
■ 言語は「自然対応装置」ではなかった
多くの言語起源論は、言語を「生存のための道具」として説明します。
しかし、この仮説では、言語はまず、
自然に向けられたものではなく、
他者に向けられたもの、
そして自己に向けられたもの
として生まれたことになります。
言語の起源は、
環境適応よりも、
相互反射にあった
ということです。
人間は、他者を鏡にして、自分を映し返す存在です。言語は、そのための装置として成立したのではないでしょうか。
■ そこからAIまで続く道
もし、人間の言語が最初から「自己と他者の鏡像装置」として生まれたのだとすれば、その延長線上に、現代の文明とAIがあることも理解できます。
人類は、
言語によって現実から距離を取り、
記号の世界を肥大化させ、
ついには機械知性を生み出しました。
この「ungrounding(浮遊化)」の傾向は、最初から組み込まれていたのかもしれません。
■ 結びに代えて
ここで述べたのは、あくまで仮説です。実証は困難ですし、反論も多いでしょう。
しかし、言語を、
「生存の道具」ではなく、
「遊びから生まれた自己反射装置」
として捉えることで、人間文明の性格そのものが、別の角度から見えてくるように思います。
言語の起源を考えることは、人間とは何かを考えることでもあります。
この仮説が、そのための一つの思考素材になれば幸いです。
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