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2026年6月 1日 (月)

重層的履歴論:あるいは錯綜する生の Log/A Theory of Layered Log: Or, The Log of an Entangled Life

homo sapiens は、その「履歴(Log:時の刻印)」を身体に刻んだり、言語化することで対象化(Objectification)、外化(Externalization)したりします。

「言語進化」はその典型で、その断面(cross-section)=《言語の現在》そのものに、重層的に履歴が上書きされ、畳み込まれています。とりわけ日本語は、抽象概念が漢語という外国語で、そもそもが日本人にはよそよそしい疎外的 object あるため、幾重にも「意味」を上書きしやすい。現代日本人には、positive は価値表象を持つ「自由」も、上古や中世の negative な「自由狼藉」や positive な仏教語「自由自在」的な語感を維持したまま、明治の freedom、liberte、Freiheit、が流れ込み折り畳まれ、微妙な語感を現在でも有しています。

いうなれば、言語の進化過程はその「表現型」に変化がなくとも、その「遺伝子」上には旧《意味:遺伝情報》を保持したまま、新《意味:遺伝情報》が追記的上書き保存されることが可能な「外部装置」とも言えるかも知れません。「詩/韻文」はその機能を最大限に駆使した活動でしょう。

一方で、言語化されない履歴として、人間には、「身体知」や「暗黙知」といった「個人的知識 personal knowledge」があります。これは「場」や「時」の共有という強い条件下で、「相伝」したり「共有」されたりします。

homo sapiens は、多くの他者やモノに囲まれ、それらを生きるための「資源 resources」として援用することで、bounded rationality と補完的に組み合わせ、複雑な「世界」を生きています。ということは、他者に負われた「履歴」、モノに有形にも無形にも刻印されている「履歴」をも同時にリソース化して、それらに支援されて生きている、ということになります。そして、個人を固有の人間として生かしめているのがその個的人生の履歴(Log)が幾重に重層的に刻まれた personal knowledge である、と思われます。

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