17世紀徳川日本の生態学的危機とそのソフトランディング:国制と心性
表題について少し考えてみました。
国制的側面と心性的側面の二つの兼ね合いがあったように感じます。
国制史的側面は、徳川公儀権力は織豊権力を反面教師として出現したことに関連します。家康が秀吉から得た教訓は、列島を外部世界と linkage すると、体制が動揺する、と言う事だったと思います。徳川初期は朱印船貿易であれほど、外国貿易が莫大な富の源泉であることを知っていたのに、結局徳川三代で管理貿易(徳川氏による貿易利益の独占=「海禁」)を構築しました。なぜなら、この列島が周りを海という開かれた accessible を有しているため、「自由貿易」では、徳川氏の支配が維持でいないという判断があったからでしょう。キリシタン問題も深刻ですが、国制史的には海外貿易による富の蓄積は、列島の平和=徳川一姓支配と齟齬をきたす、ということだったと考えます。
心性史的には、キリシタン問題が、世俗王権である徳川公儀権力のライバルになり得る点、逆に言えば、此岸の支配に彼岸からの正統性の疑義をもたせないようにすること。また、意図的な early modern globalization からの切断を国制として選択する限り、海外膨張は政策的に選択できません。17世紀における徳川高度成長(人口膨張、新田開発=乱開発)が17世紀後半には公儀から二度も「諸国山川掟」が発布されたことに伺われるように、かといって列島という一種の「箱庭」で growing economy は不可能なため、公儀の姿勢も、臣民たちの心性も、「内向き」、といって悪ければ、「外延的成長」ではなく、「内包的成長」を目指す心性とならざるを得なかった。それが、徳川18世紀の stationary state をもたらしたと思われます。また、兼ねて弊ブログで議論してきたように、文化の担い手が people (それも lower middle)であったことも、国制と心性の選択的親和性(Wahlverwandtshaften / Elective Affinities)を結果的にもたらした、と思われます。
詳細なその機序はまだまだ解明すべき点は多々ありますが、18世紀徳川日本の環境危機ソフトランディングは、大きなところでは、歴史上の、国制(macro)と心性(micro)の選択的親和が生成したから出現した、ある意味幸福な偶然であった、かも知れません。
徳川公儀権力が、自由貿易帝国主義による資本蓄積を目指していたら、この列島の early modern history は全く異なった転回をした可能性は捨てきれないと思います。ただし、Liah Greenfeld が主張するように、西欧近代が自由貿易帝国主義による資本蓄積を目指したのは、結局、Nationalism がもたらした主権国家相互の rivalry があったからとう側面も強いので、日本列島の地政学的位相からは、其の側面からの圧力はほぼなかったとは言えます。
西欧近代と徳川近代が多分に異なる志向性を歴史的に有したことは明かですし、それを解明したいと私も望みます。しかし、それが歴史上の綾の微小変動のバタフライ効果であるなら、その解明は未来へのどのような教訓になり得るのか、少し悩みます。
◆18世紀徳川日本のソフトランディングと心性史
最も大きな要因は、徳川日本において事実上国教となった仏教が、ある種の「現世拒否 reject of world」を根幹にした宗教であったこと、また政治信条レベルではなく、人倫知(ethos)として受け入れられた新儒家(朱子学とその諸派)の「現世志向 intention of world」が、徳川日本人の内面でこれまた選択的親和をおこしたこと、徳川日本人にとっての the world が、北半球の中緯度という温和で、メリハリを持つ四季の中の動物相、植物相の豊かな列島の自然だったこと。これらの帰結が、徳川日本的 mind set であったと思います。
結局、私たち(私という個体を含めた)人間は、必ず「死」を迎えます。この簡単な事実は、列島に暮らす日本人、大陸に暮らす中国人、Great Britain や The Continent の人々も、アフリカ大陸の人々も、逃れられません。homo sapiens においても事実としてある、身体の有限性にどう肯定的に向き合うのか。それは、「死の回避すること」ではなく、「限りある生を享受すること、楽しむこと」であるように思います。生老病死。人間はちょっとのことで簡単に死にます。それに怯えずにいられるように、生きることを工夫する。そのことを自分で楽しみ、他者の工夫を楽しむ。これは徳川日本人の平均的 mentality だったと思いますが、この普通の感覚を個人個人が取り戻す。現在の、不確実な未来の「死」をいかに回避するか、に狂奔する(私を含めた)現生人類に求められているのは、その「心の乗り換え transit of mentality」であるような気がします。
歴史の価値は、今を懸命に生きざるを得ない私(たち)に、異なる過去の、その事実と実存を否応なく示すことです。弊ブログでは、その異化作用を私自身が楽しみ、他者にもその楽しみが伝わるように言語化したいと念じています。
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